06 ファーストダンスを君と
国王陛下のお言葉をいただいた後、しばし歓談の時間となる。
「この後ファーストダンスが始まりますが」
「ダ、ダンス……?」
ルクス様の言葉に動揺しかなかった。彼は声の調子を整えて、誘い文句を口にした。
「ステラ様、よろしければ、私と踊っていただけませんか」
「えっ無理無理、無理です」
「俺とは嫌ですか」
ルクス様があからさまにしゅんとする。垂れ耳の狩猟犬のようだ。めちゃくちゃ戦闘強いくせに、くぅんくぅん言ってくる、あれと似てる。
「いえ、ルクス様のことではなく、ダンスが無理です」
「でも、この場にいる全員が踊りますよ」
「えっ」
「陛下がダンスをお好きなので。みなの忖度です」
さすがに全員ということはないでしょうと思って、準聖女たちがいたほうを振り返る。すると、それぞれ感じの良い貴公子とペアになっているではないか。えっ、みんなこの聖女服で踊るの?
訝しげにしていると、神官様が通りかかる。
「あの、神官様!ダンスって」
「こんなこともあろうかと新調したときに襞を多めにしましたので踊れますよ」
「ええと衣類の機能の話ではなくてですね」
神官様はきょとんとしている。
「ダンスなど生まれて一度もしたことがなく」
「無理にとは言いませんが、踊らないと目立ちますよ?」
目立ちますよ?というのは平たくいうと、目をつけられますよ、ということである。
「……神官様はさすがに踊らないですよね?」
聖職者男性が夜会でダンスを踊るなんて聞いたことがない。
「踊りはしませんが、私は楽団の助っ人を頼まれましたので。ファーストダンスは参加扱いになっています」
そんな抜け道が!
「え、神官様、楽器がお出来になるんですか」
「ハープを嗜んでいます」
「なんでできるんですか……」
「儀式で使いますし、たまに聖杯様が古代の曲を聞きたいと言いますので」
言わないですよ?それは神官様の脳内でのお話ですよね?
「では音合わせがありますのでお先に」
神官様は楽譜を片手にいそいそと壁際の楽団のほうへ向かっていく。神官様がだいぶ遠のくと、ルクス様が興味津々に尋ねてきた。
「聖杯ってしゃべるんですか」
「さあ……私は聞いたことはありませんが」
「今度シリウスに聞いてみようかな。王族だったら逸話のひとつやふたつ知っているかもしれないですね」
そう言ってからルクス様は、襟を正し、片手を胸に添えて私に向き直る。
「さて、ステラ様がどうしてもお嫌ということであれば、他の方を探します。侯爵家の場合、ファーストダンスを踊らないと後からあれこれ言われますから。でも」
ルクス様はふざけた調子を排除して優しく強請った。
「どうせ踊らないといけないなら、俺はステラ様がいいです」
それを言ったら、私はシリウス殿下がいい。
ルクス様は私の心を見透かしたように追撃する。
「壁の花になっていると、あいつが踊る姿をじっくり見る羽目になりますよ」
そう言われて、考えないようにしていたその事実と向き合う。シリウス殿下は今日、聖女ルミナス様をエスコートしていた。であれば、もちろんファーストダンスのお相手はルミナス様だ。二人が踊っているところなんて見たくなかった。ルクス様はそれも踏まえてお誘いしてくれているのだ。私は腹を括る。
「ルクス様、お相手をお願いします」
「喜んで。光栄です、ステラ様」
ルクス様は王族席から遠いフロアの端に私を誘導する。しばらくして曲が始まった。その大柄な身体で、私の視界は遮られ、1曲をなんとかやり過ごすことができた。
「びっくりするほど下手ですみません」
「初めてですよね」
「はい」
「十分お上手でした。足を踏まれるのも栄誉です」
「あああう」
「それこそ子猫にふみふみされた程度ですので。嬉しいです」
「ふみふみって」
快活に笑うルクス様に心が救われる。
「1曲は踊りましたから、あとは自由に過ごせます。うまいことシリウスと引き合わせましょうか」
「いえ、けっこうです」
言いながらじんわり目が潤んでくる。
「わかりました。見つけたら引き合わせますね。これは俺が勝手にすることですから」
強引な優しさについ、私はぽろっと涙が溢れる。
ルクス様が胸元からハンカチを取り出して、とんとんと頬を軽く押さえてくれた。
「ルクス様がモテるというのがわかります」
「でしょう?こちらは差し上げます」
おそらく侯爵紋なのだろう、ハンカチの端に美麗な刺繍が入れてある。
「こんな立派な品、いただけません」
「持っておくと、きっといいことがありますよ」
目配せをするルクス様に押されて、私はハンカチをケープの折り返しに仕舞った。
「ステラ様、国王陛下のお声がけがございました。準聖女の皆様と共にお集まりください」
王家の侍従から声がかかる。私はルクス様に深々とお礼をして、侍従様の後をついて行った。
⭐︎ ⭐︎
国王陛下の御前に呼ばれ、ルミナス様の後ろで、私たち準聖女も深く最敬礼をする。
「顔を上げよ」
国王陛下に言われて、一同皆、面を起こす。
ふだん姿をさっぱり見ない大神官様が書状を読み上げて、最近の聖殿と聖女の功績をあれこれ披露した。
「ご苦労だった」
短いねぎらいの言葉にも大神官様は大喜びだ。準聖女たちは、大神官様って何かしましたっけ?と冷めた目でそれを見ている。
玉座に深く腰かける国王陛下を私はちらちらと盗み見ていた。やっぱり似ている、シリウス様に。見分けがつくよう、わざと髪型を変えているのかなと思うほどに。シリウス殿下も髪を伸ばしたら似合いそうだなあ、今の短めの髪も爽やかで素敵だけれど。
そうやってこっそり見ていたつもりが、ふいに陛下が私をじっと見据えた。ここで目を逸らすのも不敬と思い、私は固まりながら、ぎこちなく笑みを返す。
陛下はふいっと私から目を逸らしたかと思うと、こう述べた。
「女たちの話も聞いてみたい。1人ずつ順に呼べ」
王妃殿下がジロリと陛下を見た。陛下は何食わぬ顔で席を立ち、バルコニーへ続く階段を上がっていく。
陛下の足取りを目で追いながら、皆に動揺が広がる。
えっ、何、何が起こるの……。
バルコニーの入り口には陛下の護衛が立った。ここから先は呼ばれた者以外、入るなということだ。
「私は最後にするわ。貴方お行きなさい」
最初は当然ルミナス様かと思いきや、彼女は列の端にいた準聖女に声をかけて、先に行くよう促した。言われた準聖女は緊張と不安で涙目になりながら、バルコニーの階段をこわごわ上がっていく。王族のバルコニー席はホールから死角になっていて、中の様子はこちらから見えない。
準聖女がバルコニーで見えなくなってから、実際には短い時間だったろうが、永遠の時が過ぎたような気がした。あの子は無事に戻ってくるんだろうか。権力者に女だけが呼ばれるとなると、どうにもよくない想像をしてしまう。
足音がして、先ほど陛下の元に行った準聖女が戻ってきた。トントントンと足取り軽く階段を降りてくる。顔が見えるとその表情はにこにこしていた。
「いったい何を話したの?」
「陛下が秘密にするように、とのことです」
失礼ながら髪や着衣の乱れもなく、準聖女が戻ってきた。しかも満面の笑みで。ルミナス様は先ほどびびって準聖女に譲った手前、「訳がわからない。最後にして良かったわ」とうそぶいた。それでなんとなく準聖女は列の順に行くことになったが、みんなどんな話なのだろうと、早くもわくわくしている。私の順番は真ん中より少し後ろくらいだ。
王妃殿下は戻ってきた準聖女の様子にほっとして、
「私は下がりますから、この後は皆、自由になさい」
と言って玉座の隣の椅子を立った。
その後もバルコニーへ行って戻ってきた女の子が皆、にこにこしていた。1人は泣いていたけれどどうやら嬉し泣きだった。とうとう私の番になる。
階段を踏み締めバルコニー席のまで登る。
そこにはくつろいだ姿の陛下がいた。長椅子に身を預け、果実酒を飲んでいる。
「準聖女のステラでございます」
「ステラ」
私の名を復唱すると、陛下は紙にステラと書いた。
「日々の勤め、ご苦労」
私は淑女の礼をする。
「何か褒美を与えよう。まずはなんでも言ってみるがいい。私にできないことであれば、そう伝えよう。その時は別の望みに」
私は固まった。なるほど、みなが嬉しそうに帰ってきたのはこれか。合点がいくと同時に自分の望みがわからない。
「深く考えるな。まずは言ってみろ」
言われて、仕舞い込んでいた望みを心の箱からそっと取り出す。でもこれは相手の気持ちも要るもので。陛下に叶えてもらうのはちょっと違うのかもしれない。王命になってしまったら、それは私の求めた世界と同じだろうか。
私は望みをもう少し、切り分けてみた。きっかけをいただいて、自分が頑張る余地を残す。相手が断れる隙も作らなければ。それに今日、ただ悲しかったし、羨ましかった。
「シリウス殿下と1曲踊りたいです……殿下がよろしければ、ですが」
「え、シリウスなの……」
「陛下……?」
「熱っぽく見つめてくるから俺かと思った」
「陛下……?」
素の国王陛下はこんなふうなんですか。呆気に取られていると陛下はざっくばらんに話を続ける。
「ダンス1曲でいいんだ?こちらの聖女様は欲が無いね」
「あの、準聖女です」
「覚醒したんだろう?」
ニヤと笑うその表情はシリウス殿下には無いもので、顔は似ているけれど、別人だと再認識する。
「まあ仕方ない。このあとルミナスもここへくるだろう?長めに引き留めておこう。ルミナスはうるさいからな。踊れるように段取りを書いたから、このカードを下の護衛に渡して。取り計らってくれるから。今日うまくいかなかったら次の夜会に呼んでやろう」
「ありがとうございます」
私は退席しようとして、その前にふと尋ねた。
「陛下のお望みは何でしょうか。私がお力になれることであれば」
陛下は少しびっくりしてそれから寂しそうに言った。
「誰も叶えられないよ。子ができない」
私は何も言えなくなった。
「今日、本当は準聖女をだれか側室にしようかと思ったんだ。でも最初の子からずいぶん純粋でね。俺は間違っているなと思って趣旨を変えた。まあ、その時はステラが俺を好いているようだから、ステラにすればいいかと思って。そしたらシリウスだったんだけど」
私は滝のような汗が噴き出してくる。
「誰か俺を好きな女はいないのかな」
「王妃殿下がいらっしゃいます」
「そうだね」
私は心配そうにバルコニーを見つめていた王妃殿下を思い出した。
「ちょっと疲れて思いついただけだ。王妃のことは大事に考えているよ。だってこれまで側室なしでやってきたわけだから。でもそれが正しいのかどうか、わからなくなった」
そう内面を吐露する眼差しはシリウス殿下に重なるところもあった。
「俺の迷いとわがままに付き合わせて悪かったね。さて、私も威厳のある国王に戻ろうか」
陛下の一人称が、俺から私になってしまう。
「その前にひとつ聞いてもいいですか」
「何?」
「陛下はダンスがお好きなんですか」
「いや別に。ただ私の話じゃ間が持たないから、なるべく全員に踊ってもらってる」
私は笑ってしまった。
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