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03 ご機嫌取り、そして覚醒


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


「シリウス殿下にちょっかいを出したそうじゃないの」


聖女様の部屋は私たち準聖女の4人部屋の何倍も広く、しつらいも家具も豪華だった。聖女ルミナス様は長椅子に背を預けて寝転がりながら、私を見ずに言う。背中まであるダークブロンドの豊かな髪をくるくるといじっている。

なぜシリウス殿下の話を?と思ったが、そもそもちょっかいなど出していない。どちらかというと私のほうが出されたのだが、そんなことを言えば火に油なのは目に見えている。

殿下には慣れぬインチキ敬語で話してしまったが、ルミナス様には許されない。彼女はいつ癇癪を起こすかわからない。地雷を踏まないよう、私は言葉を選んで短く話す。事実だけを伝える。


「出しておりません」

「嘘おっしゃい。ご令嬢方からの進言よ」


私は今日すれ違った令嬢3人組を思い出す。


「殿下に会うのは禁止」


ルミナス様は目の端でこちらを見て言った。私は胸をぎゅっと鷲掴みにされたように苦しくなる。


「だってご迷惑じゃない。それにあなた、今朝の仕事をさぼったんでしょう?」


私は言いたいことがいくつもあったが、結果的にはそうなので「はい」とだけ答える。


「余裕があるようだからあなたの仕事を増やしましょう。それから、王宮側に立ち入る仕事は今後一切しなくていいわよ」


そうやっていびられていると、ノックがされて、遣いの王宮侍女が入り口に立った。ルミナス様はいつの間にか姿勢を正して、すっと起立している。


「シリウス殿下がステラ様をお呼びとのことです」


それを聞いてルミナス様は忌々しげに私を見る。


「わかったわ。ちょっと外で待っていて」


王宮侍女が退出するや、


「なんであんたなんかが呼ばれるのよ!」


そう言ってルミナス様はサイドテーブルにあった一輪挿しを壁に投げつけた。花器は甲高い音で割れ、挿してあった赤い花の首は折れた。


「神官じゃ断れないわ。仕方ない、一度だけ許可する。貴方から殿下にもう会いたくないってお言いなさい。そうね……」

ルミナス様はいいことを思いついた、とにっこりする。

「赤の王子様、あなたのような人殺しとはお会いできません、もう会いたくないです、さようなら血濡れの王子様ってね。そう言いなさい。あの方はそう呼ばれるのがとてもお嫌いなの」


あまりの悪意に私は泣きたくなる。


「殿下は人殺しではありません」

「あら戦争でいっぱい殺してるじゃない。歴代最多らしいわよ」

「それは人殺しとは言いません」

「うるさいわね。じゃあ、あなたのような恐ろしい方とはお会いできません、でいいわよ。あんたが言いつけ通りにしなかったら、私はもう祈らない。結界なんて張らない。この国のことなんて知ったことではないわ。そしたらシリウス殿下はまた前線行きね、今度は血濡れの王弟かしら」


そう言って、ルミナス様はまた長椅子に身体を預けた。この人はシリウス殿下のことが好きなのだろうか、憎いのだろうか。


「さあ、早く行って。教えた通りに言うのよ?」


私はそれには返事をせずに、虚な気持ちでのろのろとルミナス様の部屋を出た。その様子の何がそんなにおかしかったのか、背後で「あははははははは!」と弾けるような声がした。



⭐︎



先ほどまでのふわふわした気持ちが吹っ飛んで、心も身体も鉛のようだ。聖女様は何が気に入らなくて、こんな意地の悪いことをするんだろう。

シリウス殿下に会いたいのに会いたくない。


侍女に先導されて先ほどとは違う部屋に入る。そこには盛装のシリウス殿下が立っていた。白いコートに金の髪が眩しく映える。濃紺のコートも素敵だったが、白も殿下の色という感じがする。


「ステラ様」


殿下がこちらを向いた。柔らかい笑顔だ。


「聖女ルミナスに呼ばれたと聞いて心配で」


先ほど式典があると言っていた。時間は大丈夫なのだろうか。抜けてきたのだろうか。私のほうに足早やに近づいてくる。胸にはいくつも勲章がぶら下がっていた。


早く、あれを言わないと。


「どうしました?」


なかなか言葉が出ない。意識しないと息を吸ったり吐いたりできない。殿下が身をかがめて、まるで宝物のように私に話しかけたが、私はそれをぶち壊した。


「どうしたの」

「あ、あ、赤の王子様」


言った瞬間にシリウス殿下の顔色が変わった。鋭い眼光が私を突き刺す。怖いと思った。


「あなたのような恐ろしい方とはお会いできません、もう会いたくないです、さようなら、ち」

唇が震える。

「ち、ちぬ」


その先を言おうとすると嗚咽してしまってもう言えなかった。シリウス殿下が低い声で言った。


「あの女の嫌がらせ?」


私は首を横に振る。泣きたくないのに涙が止まらない。


「察しはつきます。先ほどは貴方に腹を立てたのではないのです。怖がらせてすまない。貴方がそのようなことを言う方でないと分かっています。大丈夫」


殿下はハンカチを取り出して私の頬に優しく当てる。


「私が近づいたせいで迷惑を」


私は首を横に振るのが精一杯だった。


「しばらく聖女ルミナスの機嫌をとりますが、私は彼女のことを何とも思っておりません。それだけは覚えておいてください。私の心は」


殿下の言葉の続きを聞きたかったが、私は息を吐けなくなっていた。


「ステラ様?」


殿下の声が裏返る。続いて「薬師を!」と叫ぶような指示が飛ぶ。私の足が浮いて床に寝かせられた。殿下が頬に手を添えて、何度も名前を呼ぶ声が聞こえる。そこで私の意識は途切れた。



⭐︎



目覚めたら朝だった。

横についていた薬師が安堵の表情を浮かべ「お待ちください」と外に出ていく。いっしょに戻ってきたのは神官様だった。


「気がつきましたか」

「はい、すみません」

「いいんです。よく頑張りましたね」


慈悲深いその微笑みを見て、この神官様にも聖職者らしいところがあるんだと見直した。


「昏睡から目覚めたばかりでとても言いづらいのですが……聖女ルミナス様から仕事を預かっています」


そう言って神官様は大量の紙をベッドの横に積み上げた。だめだ、この人やっぱりただの腰巾着だ。


「それから朝の祈りはこれから毎日、貴方がせよとの仰せです」


毎日?私が?


「今何時ですか」

「朝の刻をだいぶ回ったところで……」


窓の外を見るともうずいぶん日が高い。昼になると聖杯は眠ってしまう。本当に「寝る」のかはわからないが、反応しなくなるのだそうだ。私は急いで支度をして礼拝堂へ行く。祈り始めると、礼拝堂の入り口に立つ神官様が大きく両手で丸を作る。なんとか間に合ったようだ。けれど、私の力では昼までに満タンにできるかどうか。


私は寝坊してごめんなさいと謝りながら、聖杯様に向かって祈りを込める。ふっと、聖杯が詰まったような感じがした。けれど祈り初めてから5分も経っていない。

気のせいかと思って祈り続けていると、とんとんと肩を叩かれた。


「溢れています」


神官様だった。溢れていると言われて私は祈りを止めた。この神官様はどうやらよく()()()方のようだ。それは聖職者としての実力を示す。てっきりゴマスリで出世したタイプかと思っていたが、能力は高いんだ。その意外性にぽかんとしていると、お調子者の神官様が急に身を正した。


「聖女ステラ様、よくぞお目覚めになりました」

「はい?」


お目覚め?もうさっきすでに目覚めましたが。


「すぐにでも聖杯様の洗礼を受けたいところですが……しばらくは隠しましょう」

「洗礼ってまさか」

「貴方も感じましたでしょう。力が増していることを」


私はじっと自分の両手を見る。変わり映えしない自分の手だ。


「何も変わりません。それに加護も見えません」


「加護が見えるのと加護を創り出せるのは別の能力です。それに見えるのは男性のほうが多いのです。女性でも見える方は稀にいますが、男性に創り出せる者はいません」


神官様は目を細めた。


「それはもう素晴らしく凄まじい勢いで、聖杯様に聖力が注がれていましたよ。輝きも一段と増しています」


私はまだ信じられないでいた。私が聖女?準がつかない聖女?


「なんで急に」

「恐らくきっかけはあれでしょうな」


神官様は満面の笑みでにこにこしている。


「あれってなんですか」

「あれれ?覚えてらっしゃらない?」


神官様は困ったという感じで腕を組んだ。だから、あれってなんですか。あれれ?じゃないんですよ……。


「あー……記憶にないのであれば、私からは差し控えます。それから能力が安定するまで、聖女の覚醒については秘匿してください。貴方の安全のためでもあります」


私はちらと聖女ルミナス様の顔が頭をよぎった。おそらく神官様もだろう。

聖女は当代に1人というわけではない。多いときには同時に4人現われることもあった。そういう人数を決定づけるのは、聖杯様の高尚な論理によるもの、もしくは気まぐれ、と言われている。

聖女が複数いる時期は珍しいものではないし、これまでの歴代聖女同士が仲が悪いわけでもない。ただ、ルミナス様があのご気性だ。


「すぐに戻ると怪しまれますから、礼拝堂の茶室でゆっくりしてください」


質素なテーブルと椅子を設えた休憩所でひと息つく。神官様はいそいそとお茶を入れてくれる。そして消えたかと思うと、籠にパンを山盛り持ってきた。

私はむしゃむしゃとそのパンを平らげる。祈りは短かったが体力は使っていた。腹が落ち着くと、心に浮かぶのはシリウス様のことだった。



あのとき、聖女ルミナス様の機嫌を取ると、シリウス殿下はおっしゃった。機嫌を取るって一体どんなふうに?それを考えるとモヤモヤした気持ちに襲われて心が晴れない。


私も聖女の力を得たと言ったら、シリウス様はルミナス様へのご機嫌取りをやめてくれるだろうか。そして今度は、私のご機嫌取りを始めるのだろうか。いや、殿下はそういう方ではない。それに殿下は私の聖力が小さなときから準聖女も等しく聖女だと言ってくださった。私が聖女になったと知っても、きっと何も変わらない。そう思いたい。


「そろそろ戻りましょうか」


神官様が考え込んでいる私に声をかけた。私は神官様に聞いてみる。


「シリウス殿下にお伝えしても良いでしょうか」

「なりません」


思いのほかぴしゃりと断られた。


「まずは国王陛下です。シリウス殿下は政治的にまだ薄氷の上にいます。順番を間違えると良い結果になりません」


うなだれる私に神官様は続ける。


「発現にシリウス殿下の貢献があることは必ずお伝えします。それに、恐らく違いはお気づきだと思いますよ。あの方はきっと見えるのでしょう」


私はそれにハイともイイエとも言うことができず、口をへの字に閉じる。神官様は窓の外を眩しげに見た。


「ずいぶんと煌めいています」


うっとりしたかと思うと、神官様は真顔でこちらを振り返った。


「気づくのは聖女ルミナス様も、かもしれませんが」






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