11 聖杯の理(ことわり)
的は私だ。けれど足がすくんで動かない。私の聖女の力で、あれを防御できるのだろうか。私は見よう見まねでルミナス様のように手のひらをかざす。
「ステラ様!!」
祭壇の裏からだったと思う。シリウス殿下が背後から飛び出してきた。なぜそこにと考える間もなく、私の前に立ちはだかる。ルミナス様はぎょっとして振り上げた手を止めようとした。けれど振りかぶったエネルギーはそのまま殿下に着弾する軌道に入った。光の道がシリウス殿下に向かっている。
ルミナス様は豪速でもうひとつ小さな玉を瞬時に作る。それを即座に爆発させる。軌道をそらす。ボンと音がして、弾道を示す光線の先がシリウス殿下から外れた。それでも高エネルギー体はシリウス殿下の脇腹を掠め、殿下の腹からどくどく赤黒い血が流れ始めた。
「嫌!!!!嫌!!!!!なんで!!!!!」
ルミナス様は両手で口を覆いながら、ずっと声にならない絶叫をしている。2発目は小さい玉といっても至近距離で爆ぜたから、ルミナス様のほうも顔に大怪我をしていた。額と目から血がたらたらと流れている。シリウス殿下は失血が止まらず、膝をついた。
「あんたの、あんたのせいで!!!!」
ルミナス様は私に向かって3発目を練り始める。
それはお角違いじゃない!?と思いながら、身構えた手を戻して、一か八かでルミナス様と同じポーズをする。手のひらが温まる感じがしてきた。ルミナス様は王都の結界を張るとき、どんな手順をしてたっけ。思い出せ。
ぶおんと音がして私のエネルギーが光の玉になる。けれど、この先がわからなかった。
「守って守ってお願い助けて!!」
呪文や術式が要るものなのか、儀式的動作があるのか。さっぱりわからない。だからただ光の玉に向かってお願いした。ルミナス様が私に向かって3発目を投げたとき、私の前に小さな結界が貼られた。できた!
しかし私の結界と、ルミナス様のエネルギーが拮抗する……わけもなく、すぐに力負けしてエネルギー弾は結界を貫通する。
ああ、死んだ……終わった……
私は胸に衝撃を受けて後ろに倒れた。
せめて死に際はシリウス殿下のおそばに、と思って上体を起こすと、キラキラと輝きながらネックレスの石がぽろぽろ落ちる。
割れてる……ダイヤモンドが……。
私は自分の心臓のあたりを撫でるがなんともない。
私はもう一度立ち上がろうと片膝を立てる。
「しつこい女ね」
「どっちが!!」
私が言い返すとルミナス様が怯んだ。
よし、時間稼ぎだ。この間に、誰か来て。
「私に恨み節がたくさんあるようですが、そもそも」
話しながら私は片膝に体重をかけて立ち上がる。
「ルミナス様は、殿下に気持ちを伝えたんですか!?」
「できるわけないじゃない!!バカなの!?」
「私は言いました!!」
「……」
「言えば良かったじゃないですか!!私より先に出会ってるんだから!!」
「あんたが思うほど、身分差というのは軽いものじゃないのよ」
「私は!平民ですけど、準聖女として今まで頑張っ……」
「平民が聖堂に上がれるよう、国の法を変えたのは私よ。あんたは私が均した道をただ通ってきただけじゃない」
「あ……え……?え?」
「その通りです」
殿下の声だった。殿下はどさりと音を立てて祭壇にもたれかかると、近くにあった布で脇腹を抑える。
「私がステラ様に会えたのはルミナス様のおかげです」
そのオウンゴールの事実にルミナス様は顔を歪めた。それからルミナス様は我に返って青ざめる。
「で、殿下はいつからそこにいたんですか」
ルミナス様の声が掠れている。殿下がそれに答える前に、ルミナス様は畳み掛ける。
「ど、どこから聞いていたんですか」
「最初から」
「ううう……うう……」
ルミナス様はその場に崩れて嗚咽し出した。どうせ殺るんだからと、私に心の中をぶちまけたら、それを一番知られたくない相手、シリウス殿下に聞かれていたんだ。居た堪れない感じはすごくわかる。
「私はずっと貴方に嫌われていると思っていました」
「死にたい」
「死なないでください」
シリウス殿下はおだやかに笑う。
「私は自分の気持ちに浮き足立って、まさか貴方がそんなふうに想ってくれていたなんて、考えもつかず」
「きっとたくさん傷つけました。ごめんなさい」
殿下はときどき深く呼吸しながら話す。
「私が耳にした貴方の報告もすべてが本当でないだろうと、今は思います。階級や慣習に苦労されたのでしょう。なのにそんなことにも気づけず、失礼な態度だった」
「私は貴方の祈りにだって、ずっと助けられていたのに。言葉をかけることもしなかった。私も貴方の心を蝕んでいった者の1人だと思う」
殿下の呼吸がだんだんと弱くなる。
「私はいま好きな人がいて、貴方の気持ちに応えられません。ですが、私のために、ここまで来てくれてありがとう」
「ステラ様を恨まないでください、恨むならこの私を」
息絶え絶えに伝える殿下に、心迫るものがあったのか、あのルミナス様がうなずいた。
殿下は笑ってルミナス様に向かって小指を出す。
「約束ですよ?」
ルミナス様はぼろぼろと涙をこぼしながら、届かない距離で、小指を出した。ルミナス様も失血し始めていて動けない。
「美しい」
突然声がした。振り返ると、ぐったりとした神官様が足だけピンと立っている。神官様に意識はない。きっとあれは声を借りている聖杯様だ。媒介の意識がないせいかその声にはあまり抑揚がない。
神官様はまるでハンガーに吊るしたように肩のあたりで上に引っ張り上げられていて首と手をだらんと下げている。ヒィィィ。
「せ、聖杯様ですか」
「そう」
私が聞くと聖杯様は神官様の声で短く答えた。
ルミナス様は信じられないというように目を見開いて、神官様を見る。聖杯様には初めて会うようだった。
「その男はさっき殺してしまいました」
「みたいだね」
「そっちの男も、もうすぐ命の火が消える」
そっちの男と言われた目線の先はシリウス殿下だった。
ルミナス様と私は同時に、
「「殿下!!」」
と叫んだ。まだなんとか動ける私は、足を引き摺りながら、祭壇から毛布を持ってきて殿下をぐるぐる巻きにする。
聖杯様はルミナス様にお話を続ける。
「まだ魂には力があるから、ここで死んだ者たちを別の世界に送ってやろうか?」
「別の世界……ですか?」
「ああ、ルミナス。お前もどうせこの後はきっと処刑だろう。痛い思いなどする前にいっしょに送ってやろう。この男と結ばれる世界も作ってやれる」
「なんで……ですか」
「私はお前の強烈で、醜く純粋な心が愛しい。私には無いものだから。何か望みを叶えてやりたいんだ」
ルミナス様は考え込んでる。私は聖杯様が何を言っているのか意味が分からなかった。
「理想の世界で、やり直したいだろう?」
聖杯様は迷うルミナス様の背中を押そうとする。しばし考えた後、ルミナス様はまっすぐな目をして答えた。
「私を助けてくれた殿下はこの世界の殿下だから。私はここで斬首を受け入れます」
「つまんない」
「は?」
「アルハウトもルミナスもいないなんて」
「アルハウト?」
怪訝な顔をするルミナス様に「そちらの神官様のことです」と私が補足した。ルミナス様は息を整えながら、また少し考える。
「蘇生はできないんですか」
ルミナス様が核心をついた。実は私も聖杯様が登場してから、それを知りたいと思っていた。
「できるよ」
できるって簡単に言った!
「じゃあ……」
「でも駄目、アルハウトが駄目と言ってたから」
「アルハウトはもういないじゃないですか」
「そうなんだよね」
「なんでアルハウトの言うことだけ聞くんですか」
「そう言われると、なんでだろう」
ルミナス様は聖杯様の隙を察して、どんどん畳み掛ける。
「アルハウトが駄目と言ったのは、きっと蘇生が際限なく行われると、世界の理が崩れるからです」
「ああ、そんな感じに言ってた」
「あの、聖女が人を殺すっておかしいですよね」
「そうだね」
「聖女が殺した人間は聖杯が蘇生できる、これだったらどうですか。そんなことはめったに起こらないし、それが嫌なら聖女の洗礼をしなければいい」
「ルミナスはなかなか面白いね。いいよ。死んでから1刻以内なら、という条件を追加しよう」
聖杯様がアルハウト神官長をゆっくりと床に下ろす。
「ステラ、私をここに持ってきて」
言われて私は聖杯様を隠し込んだ後方の床に向かう。
「そっちじゃない、祭壇のほう」
私は床を抜こうとして中腰になったまま目を丸くする。まさか。祭壇に戻り、さっき自分ですげ替えたレプリカを恐る恐る持ち上げた。
「こ、こ、こっちが本物なんですか?」
「そう。形代もふつうに使えるけど、蘇生は原型でやるほうがいいから」
原型!!木製で、何かの塗料で色を塗られた素朴な聖杯のレプリカ、もとい原型を私は震える手で、そろりそろりと持っていく。それから横たわる神官長の隣にそっと置いた。
まずい、これ屋外や巡業用だと聞いていて、わりと雑に扱っていた。
「私が生まれた時に、玻璃や金細工なんかあるわけないだろ」
どんだけ長く生きてるんですか。というか、今まで野晒しにしたり、物置に積み上げたりしてすみません。そう反省しているとチカっと光が目に入った。
聖杯様(原型)から轟音のような光が噴き出す。
実際に音はしないのに、その光の渦の勢いで何も聞こえなくなる。部屋も廊下も光で埋め尽くされる。
光が収まりふっと消えると、私は神官様の心臓の位置に手を当てた。トットットットッと指を脈打つ心音が聞こえる。
入り口側のほうでもガタリと物音がした。衛兵たちが息を吹き返したのだと思う。
「次はこっちの男だけど、まだ死んでないね」
「絶対に一度死ななければなりませんか」
「ルールはシンプルなほうがいい。それに中途半端に助けると機能不全が起こるよ。1回死んでから廻生したほうがいい」
この後、聖杯様に蘇生してもらえるとしても、好きな人を看取らなければならないのは精神に堪えた。それに、殿下が息を引き取った後、もし聖杯様の気が変わったら?そう考えると怖かった。聖杯様は、アルハウト神官長ほどシリウス殿下に執着はない。
少しずつシリウス殿下の命の灯火が弱くなっていく。
私は殿下の手を握り締める。その手もだんだん冷たくなっていく。私が握った場所だけ皮膚が温かい。
「殿下」
殿下は反応しない。
「シリウス様」
名を呼ぶとかすかにうんと頭を動かした。
いつの間にか脈は半分になった。
私は殿下の名前を呼び続ける。けれどもう殿下は何にも反応しない。そして眠るように動かなくなった。
私は顔を振り上げて、素朴な木製の聖杯を見る。
私の縋るような眼差しを優しく包んで、聖杯から光の渦が巻き上がった。
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