12 最終話
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「いやあ、生き返りましたね〜」
アルハウト神官長がはっはっはと笑う。
「アルハウト、蘇生したこと怒ってない?」
「10人くらいですよね?影響範囲は狭いので大丈夫でしょう」
数の問題なのだろうか。神官様もたいがい超越思考である。
「でも次に私が天寿を全うしても蘇生は無しですよ?」
「わかってる」
1人で喋っている神官様にまだ慣れないのか、ルミナス様が口を開けて見ている。
あの後、私は聖杯様に教えられ、シリウス殿下が使った王室用の地下通路を通って、ルミナス様を担いで薬師の部屋まで運んだ。あの場にいては、さまざまな咎が積算されるだろうから。
シリウス殿下は呼吸も心拍も確認できたから、後ろ髪引かれながらあの場に置いてきた。皆の意識が戻ったときに、殿下がいたほうが、あの惨劇を大ごとにしないで済むだろう。
ルミナス様の襲撃は聖女ルミナスが見せた幻夢ということで片付いた。シリウス殿下の采配だ。誰も死んでいないのでルミナス様の処刑は無い。ただ、悪質な内容の夢だったから、まったくの無罪放免というわけにもいかなくて、聖堂横に貴賓牢が拵えられ、軟禁という形になった。ルミナス様は今はそこで静養しながら1日を過ごしている。
朝の祈りは私がしたり、ルミナス様がしたりだ。朝の祈りの後のお茶は、礼拝堂の茶室ではなくルミナス様の貴賓牢でするのが日課になった。ルミナス様は最初は無言だったが、私が話かけるとポツポツ返してくれるようになっていた。
蘇生者たちは、蘇生後、すぐには思うように動けないらしく、治療やリハビリが行われた。殿下と神官様を除き、皆あれは夢だと信じ込んでいる。けれど後遺症のある夢ということで、ルミナス様の幻夢は恐れられた。
今日は、礼拝堂まで歩けるくらいに回復したからと、神官様とシリウス殿下が、揃ってルミナス様のお見舞いに来ていた。私はそれぞれと話す機会があったが、事件後、この4人で顔を合わせるのは初めてだ。ものすごく気まずいメンツでお茶を囲んでいたのだが、聖杯様と神官様の奇妙な日常風景のおかげで場が和んできた。いや、和むというか、その独特の空気に圧倒されている。
シリウス殿下がルミナス様に励ましの言葉をかけると、彼女は小さな声でお礼を言って俯いた。顔半分を覆う火傷のような跡が痛々しい。
あの日、薬師の元に運び込んだとき、
「ルミナスも治療なんかしないで1回死んだら?その顔も綺麗に蘇生できるよ?自爆だから、ルミナス自身も蘇生対象なんだ」
聖杯様はそう言ったけど、これは私が背負うべきものだから、とルミナス様は瀕死の状態で苦しみながら命を繋ぐ治療を続けた。顔の傷もそのままだ。
結果的には、今回の幻夢事件でいちばんの被害者はルミナス様だった。あれは幻夢の跳ね返しがきたのだ、とシリウス殿下は王宮に説明した。これが抑止力となるから次の幻夢はない、ルミナス様は更生できる、というのがシリウス殿下からの提言だった。
それに聖杯様がルミナス様を気に入っている、とも添えた。聖杯様の媒介者であるアルハウト神官長も同じ証言をしたので、王宮はルミナス様への罪の追求を断念した。
シリウス殿下をルミナス様に会わせるかどうか正直、迷った。今のルミナス様はずいぶん毒気が抜けていたから。
「だったら別にいいじゃない」
と聖杯様は言っていたが、いや、だからこそなのだ。今のルミナス様はとってもいじらしいのだ。
私はまだシリウス殿下に、私のどの辺を好きになってくれたのか、確認できていなかった。前のルミナス様はわかり易く殿下の好みではない感じだと思ったのだけど、今は自分に自信がない。
正直、ルミナス様に惹かれ初めているのではないか、とすら思っている。
私が嫌だと言ったらルミナス様に会わないでくれるかもしれないけど、殿下が好きだからこそ、その行動を制限すべきでないと思う。
「側室の話は白紙になりました」
シリウス殿下は淡々と事務連絡をする。ルミナス様の断罪を強めに跳ね除けた手前、殿下が観察保護官のような立場になっているのだ。
「王妃の地位が欲しかったわけじゃないから、別にいいわ」
ルミナス様は乾いた声で言う。
「え、じゃあなんでですか。なんで陛下と側室の話になったんですか?」
私が聞いたらルミナス様が赤面した。え、なになに、何ですか。
「似てたから」
「え、なんて?」
「国王陛下がシリウス殿下に似てたから」
シリウス殿下がルミナス様をじっと見る。あの、今ちょっとぐっときてませんか、殿下。
「あの日、殿下が貴方に求婚したでしょう。もう叶わないと思ったら、ちょうど目の前に面影がある人がいたから。でも、陛下にも正妃様にも失礼なことをしたわ」
そう言ってルミナス様は俯く。私の目の前にいる人は本当にあのルミナス様なんだろうか。
「平素はこの感じで、なんであんなふうになっちゃったんですかね」
「いじけて、ずっと朝の祈りをしてなかったからだよ」
「どういうことですか?」
神官様と聖杯様のやりとりを聞いて私も首を挟む。やりとりと言ってもしゃべってるのは神官様1人なんだけど。
「聖力は良き力なんだけどね、古いのが溜まると、やっぱり人間には毒になんだよ。思考を腐食していく。祈りのしきたりは、聖杯のためじゃなくて聖女のためにあるんだよ」
「循環のために一日5分でも祈ったほうが良いわけですね」
「あら、一日5分でも?というか5分もあれば満タンですけど」
「なんか調子出てきたじゃないですか」
シリウス殿下はみんなの様子をずっと遠巻きに見ていた。けれどルミナス様から少し軽口が出たとき、殿下がほっとした表情をしたのを、私は見逃さなかった。
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シリウス殿下が治療室に戻るというので、私もいっしょに退席した。事件以来、ほとんどいっしょに過ごせていない。少しでも話せればと思った。
殿下に合わせてゆっくりと歩く。
「あの、いただいたネックレス、すみませんでした」
私は割れた宝石のことを詫びた。
「シリウス殿下にはじめてもらった大切なものなのに」
私が少し涙ぐむと、殿下はなんでもないように言った。
「あれは敢えて割れるようにできているんです。元は古い守り石だったらしくて。石が衝撃を吸収して、ステラ様を守ってくれたなら、十分に役目を果たしてくれました」
「でも」
「それにこの石は、割れる時はとても綺麗に割れるんですよ」
「この石?」
殿下はポケットから布包みを取り出し、手のひらに載せて布を開く。割れた宝石の美しい断面を私に見せながら言った。
「これで新しい宝飾品を贈らせてください。腕輪か指輪か何か……」
「指輪が欲しいです。お揃いの」
「はい、指輪にしましょう」
そう言って殿下はキラキラと光る石の粒を見せてくれる。そのかけらを見つめるうちに、自分らしさが元に戻っていくような感覚になる。
殿下の治療室に着いたが、話があると言って私も中に入れてもらった。
「話って?」
シリウス殿下はゆっくりと長椅子に腰掛けて、私にも隣を勧める。私は隣に座って、殿下に体を向けて、切り出した。
「あの、もし、ルミナス様に惹かれているなら、正直にそう言ってください」
「ステラ様?」
「本当のルミナス様は魅力的です。しばらく共に過ごしてそう思いました。殿下に相応しい方のように思います」
「……」
「それに私は、殿下が私のどこを良いと思ってくれたのか、今もわかりません」
「あの、ステ……」
「でも」
私は最後まで言い切りたくて殿下の言葉を遮る。
「私は殿下のことが好きです。誰にも渡したくないんです。ファーストダンスはシリウス殿下がいいんです。なので、揺れているなら、私を選んでもらえるよう頑張りたくて」
私は殿下の琥珀の目を見つめた。
「どうしたらもっと好きになってもらえますか」
シリウス殿下が目を細める。
「そのままで……どうかそのままでいて欲しいです」
殿下はそう言って私の手を取った。
「そのままって、あの、具体的に」
「好きな理由って、意外と無いんじゃないですか」
そう言って笑う殿下に、そうかも?そうなのかな?と思うけれど、それでは参考にならない。
「えっと、例えば私のどこが良いかとか」
「全部としか言いようがありません」
全然参考にならない。
「あの、じゃあ、ルミナス様のことをどう思っていますか」
「なぜそんなことを聞くんです」
「ルミナス様のことをずっと見ていたから」
私がそういうと、シリウス殿下が私の頬に口付けをした。私はびっくりしてキスをされた頬を触る。
「不安にさせてすみません」
シリウス殿下が伏目がちに話し始める。
「でもそういうことじゃ無いんです」
「と言いますと?」
「ルミナス様の境遇に同情する余地はあります。私も公的には不遇の聖女をお守りする立場です。しかし、どうしても貴方の命を狙ったことが許せなくて」
殿下は少しだけ深呼吸する。
「暗い感情に飲まれてしまう時があります。ひらたくいえば私が見ていたのは恋ではなくて、殺意に近い」
殿下が軍人の目をしたような気がする。
「そしてそれを打ち消せない自分も嫌でした。けれど先ほどステラ様がルミナス様と談笑しているのを見て、少し心が溶けました。私の不安や憎悪からくる感情で、ステラ様の人との関わりを制限するべきではないと思ったのです」
ああ、私も同じように思った。
「それに彼女が私を好ましいと感じたのであれば、それはステラ様のおかげなのです。本来の私はそんな人間じゃ無い。ルミナス様は昔の私を深く知ることなく、憧れてくださったんだと思います」
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私の二つ名を知っていますよね?
戦地で功績を上げる者はそれなりに冷酷な性質も持つものです。
私は実際、その通りの人間で、戦績から継承戦で担ぎ上げられたものの、そこまで人望は無かったんです。凱旋帰り、腹心だと思っていた部下にも襲われる始末で。私は怒りに任せて、関係しそうな者をその場で全員処分しようとしました。その時に宝石のような光の粒がやってきて、私の手を止めたんです。私以外は見えていないようでした。
その不思議な一件から、自分の行いを改めようと思いました。しかし改心しようとしても、戦地に行くとやはり心が乱れてしまう。でも何か人として一線を越えようとした時にはいつも、その宝石の粒がやってきて私の煤けた心を洗い流してくれたんです。
これは一体何だろう、と。調べて辿り着いたのが貴方でした。
貴方は祈りに時間がかかると言っていましたが、加護をずいぶん遠くまで飛ばしていたからなんですよ。
こんなに力強く包むような光なのだからと、私は母なる聖女を想像していました。会って自分は救われたいと。そしたら、どうでしょう、祈っていた方が、自分よりずっと小さくて可憐で、むしろ私が救わなければならないと思いました。
貴方のことはすべて好きですが、貴方の求めるているだろう答えを言うならば、その時の意外性、落差に一気に心を掴まれたというわけです。一体私は何の話をしているんでしょうね。
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私はシリウス殿下のお話をじっと聞いていた。私の知らないシリウス殿下だった。あのダンスのとき、旧友だというルクス様はきっとその辺りは省いて私に伝えてくれたのだろう。
「私とルミナス様は似ていると思うんです。ルミナス様は腐食した聖力を自分の力では取り除くことができなかったし、私も戦地の穢れに飲まれていった。でも貴女はそれを明るく照らしてくれるんです。それが無ければ、私はいつでもルミナス様のようになり得たということです」
シリウス殿下はずっと深刻な顔をしていたが、ふと思い出し笑いをして微笑んだ。
「先ほども私は振られるのかなと思いました。でも貴方はもっと好きになってもらうにはどうすれば、と聞いてくださいました」
シリウス殿下は私の手を取る。
「そういうところが大好きですし、ああそうですね、では、手始めにシリウスと呼んでくれますか、殿下は無しで」
途中まで私は目を潤ませてしんみりとシリウス殿下の話を聞いていたが、急に迫られて、少し仰け反る。
「そうしたらもっと好きになると思います」
あの、ちょっとモードが変わっていません!?
「今までは少し取り繕って、他所行きだったかもしれませんね」
そうなんですか?でも、よくよく考えてみれば、最初もまあまあ強引でしたよね!?
「そうかもしれません、だって絶対に逃したくなかったから」
狩人の目をして、ほら早く呼んでくれますかと殿下は急いてくる。
「シリウス……様」
「はい」
嬉しそうに返事をしてから、忘れていそうなのでもう一度、と殿下は私の手の甲に口付けをする。
「ステラ様、一生をかけて貴方をお守りいたします。一生ですからね?」
そう言って私は三度目の誓いをもらった。そうだった、そして私は誓いを返していない。
「私もシリウス様を生涯お守ります!」
そう言って殿下の手の甲に口付けをする。誓いの返しがこれで合っているのかわからないけれど。あの、これ合っていますか?と聞こうとする前に、
「私が嬉しいので合っています」
と言われて、私はシリウス殿下にぎゅうと強く抱きしめられた。
(完)




