10 二人の聖女
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「シリウス殿下はとても素敵だから、私がシリウス殿下を好きなのはわかるのですが、シリウス殿下が私のどの辺を良いと思ってくれたのかが分かりません」
「本人に聞いたらいかがです?その質問文自体に喜ぶと思いますよ」
朝のお祈りの後に、神官様に人生相談をする。実は神官長らしいが、私がそれを知った後も態度はいつも通りで、今朝も聖杯様の祈りの時間にやってきて私に朝食を用意してくれた。私は神官様が淹れてくれたお茶をいただき、調達してもらった山盛りのパンを平らげる。
「本人に聞くんですかあ……自信ないです」
「何を今さら」
神官様は私と話しながら茶室のテーブルで書類仕事を始める。最近こういうのも隠さずやるようになってきて面白い。神官様が仕事に没入する前にと、私は慌てて話しかける。
「あのもしかしてなんですが、前に言っていた、私の聖女の覚醒のきっかけって、その」
私がもじもじしていると、神官様は色々と察してさらっと答えた。
「殿下の人工呼吸ですねぇ」
やっぱり。
「聖杯様は男女のキッスと、人工呼吸の違いはあまりよくわかっていませんが、接触を経て覚醒したなら、おそらくお二人の相性が良いんでしょうね」
キッス、て。
「もっとどんどんキッスしたほうが、聖なる力が伸びるんじゃないでしょうか」
もっと、どんどんって。
私はごくりと唾を飲み込む。殿下からのキスの雨をちょっとだけ想像して、きゃあとなる。
「ステラ様〜そろそろ良いですか〜これ昼までに終わらせないといけなくて」
「あ、すみません、空想の世界にいました」
どうぞお仕事してください、と右手を差し出す。そして私も礼拝堂の掃除に取りかかる。
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ふきんと桶を持って礼拝堂のアーチをくぐる。
礼拝堂には素朴な木製の、背なしの長椅子が何脚か置かれている。座ることもできるし祈る時の肘置きにもなる。そして床の表面はデコボコだ。かつて熱心に祈った者がいたのだろう、膝の形で床が黒ずんでいる箇所もあった。私は椅子と床に磨きをかける。空気の澄んだ礼拝堂は居心地が良い。窓の外はうららかな陽気で、それに釣られて鼻歌でも口ずさもうとした時だった。
ドォンという鈍い爆発音がした。突然だった。
何事かと思って周囲を警戒する。そして祭壇中央の聖杯様に駆け寄った。
「野盗かもしれません。床下に隠れていただけますか」
私の問いに聖杯様は答えないが、その杯を艶やかな絹の布で手早く包み、その上からボロ布を巻く。代わりに祭壇裏にあった外儀式で使うレプリカの聖杯を表に飾る。時間稼ぎのためだ。そして祭壇とは反対側の長椅子の下の床板を抜いた。
「辛抱ください」
そう言ってボロ布に包んだ聖杯様を床下にそっと置いた。急いで床板を元に戻す。
もう一度祭壇の前に戻って、祭壇を守るように立つ。ああ、本物の聖杯様が見つかりませんように。
礼拝堂の出入り口を見やるとちょうど人が倒れた。床に伏した人影を凝視すると神官様だった。私は悲鳴を押し殺す。
賊がそこまで来ているなら衛兵は全員倒されたのだろう。足が震えてくる。
しかし事態はそれよりも悪かった。礼拝堂に入ってきた人物を見て、私は絶叫しそうになる。
賊ではない。ルミナス様だった。ルミナス様は祭壇前の私にゆっくり近づいてくる。
「あんた、聖女の洗礼を断ったそうじゃない」
ルミナス様は半目で私を見る。
「何様のつもりなの!!」
私はルミナス様の怒りに満ちた顔を見て震え上がる。
「私が欲しくて欲しくてやっと手に入れた聖女の椅子を、あんたはいとも簡単に放棄する」
ああ、人間の怒りというのは何を根拠に生じるのかわからない。私は自分の愚かさを呪った。
いや、ルミナス様の場合、そのまま聖女に就任したとして同じように怒り狂ったかもしれない。しかし、そういうもしもの結果はわからない。人生は一度きりだ。
「この世界が私を選んでくれたと思ったら、いつもいつもあんたばっかり!!」
言っていることがわからなかった。すでにルミナス様は紛れもない、唯一の聖女様だ。
ルミナス様は両の手のひらをかざし合わせ、何かを練り始めた。ルミナス様の手のひらと手のひらの間に、ぽぽっと怪しい光が灯る。
聖女ってあんなこともできるの!?
小さな光は少しずつ大きくなっていく。
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「私は戦争孤児なの。戦場で、シリウス殿下に助けられた1人でね」
ルミナス様はおもむろに語り出す。
きっとその暗い内容の始まりは、ルミナス様が触れられたくない過去だ。それを晒すということは。私はこの後の最悪な結末を思い浮かべる。
「殿下はずっと私の憧れだった。近づきたい一心で、無心に働いて祈って発現した。でも相手は王子様よ。聖女となった後も私は自分の身をわきまえた。王宮の女たちにも、出自を理由に散々いびられてたしね。なのにあんたはなんでわきまえない?」
私はルミナス様の歴代の恋人が、こぞって殿下の髪色に似ていることに、今ごろ気づいた。
「あんたが聖殿入りした頃だった。突然、シリウス殿下のほうから聖女に会いたいと先触れがあって、天にも昇る気持ちだった。けれど殿下は私に会うなり、がっかりした顔をしたの」
ほんの一瞬、ルミナス様の目が潤む。
「もちろんあからさまにではないわ。殿下はそういう方じゃない。でも隠したところで分かるじゃない。だって私はずっと見ていたもの。ぬか喜びってね、けっこう堪えるのよ」
そういったルミナス様は見たこともないくらい弱々しかった。
「殿下は、ルミナス以外の聖女を出せ、必ずいるはずだと言った。私の部屋を出た後でね。私はそれを聞いてしまった。急いでもう1人の聖女を探したわ。私も少し祈りが見えるから。そして見つけた、殿下より先にね。それからはあんたを隠すのに必死だった」
ルミナス様の手元の光は一段階大きくなった。
「なり振りかまっていられなかった。聖女の立場をかざして、王家にシリウス殿下を求めるようになった。だってその聖女の特権はじきに使えなくなるから。好き勝手やってきたんだもの、唯一でなければ私はきっとここを追い出される。それに」
「私のそばにいたって殿下はあんたのことばかり探してるの」
ルミナス様の目元から、ついにこらえきれなくなった涙ひと粒が落ちる。
「見えないものが見え過ぎるのは不幸よね。あんたたちに朝の祈りをやらせてみたら、すぐにわかった。誰が聖女の器なのかも、その女が私よりずっと優れていることも」
そう言ってルミナス様はぼろぼろと涙をとめどなく流す。
「あんたはまだ発現していなかったのに。私の祈りはあんたの10分の1も輝かない。私はあんたの足元にも及ばない。あんたはさながら大聖女ってとこね」
ルミナス様は溢れる涙を拭うこともなく、泣きながら笑った。
「ねぇ死んで。あんたがいると苦しいの」
ルミナス様は、手のひらで練り上げたエネルギーを振り上げた。
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次回、最終話です。
(長くなったため二分割しており、次の次が最終話です)




