あの日のこと〜フェリーたちの過酷な航海
ご無沙汰してました。
津波の描写があります。ご注意下さい。
三井は語り始めた。
まだ寒い冬。
BMMグループのフェリー部門は、老朽化したスノーウィングの引退と、新造船ベガのデビューを前に大忙しだった。
「やれやれ、じいさまだからなぁ。これが限界かー。仕方ない遅延了承で出航だな。」
係留されたスノーウィングは、幾多の嵐を乗り越えたベテランだ。
しかし、船齢がもう20歳を超え、機関にも老いが目立つようになってきた。
エンジンの音にも雑音が混じる。
そんなスノーウィングを見上げながら、新人研修のためフェリーを志願した若手航海士三井陽太は、ベテラン荷役たちと話し込んでいた。
「なんでこの時期に研修で、フェリーなんだ?お前、クルーズ部門だっただろ?」
三井は、その問いを聞いて、へへへと笑った。
「僕が乗りたいのはクルーズ船なんすけど、どんな海も渡れる航海士になりたいんですよ。北海道航路なら、これからの時期低気圧バシバシですし、いい経験かなーって。」
それを聞いた荷役は、三井の肩をポンっと叩いた。
「大したもんだ。このじいさまがお前のキャリアの役に立つなら、じいさまも喜ぶんじゃねぇかな。」
「あ、そろそろなっちゃんのばあちゃんとこ行く時間じゃないですか?」
「そうだった!あいつが帰ってくるのは夜だから、ばあさんに魚持ってってやろうと思ってたんだった!」
「早くしないと市場閉まっちゃいますよ。」
「おぅ!ちょっくら言ってくるからよ!あとは頼んだわ!じゃあな!」
その時だった。
カモメたちがやけに騒ぎ、遠くには無数のカラスが舞い上がっていく。
空の色は不気味な紫色だった。
「なんか…やばくね?」
下船作業が終盤に差し掛かった頃、突如として、激しい揺れがターミナルを襲った。
ガラスが割れる音。ギャングウェイが破壊される音。
三井はターミナルの建屋から離れてうずくまった。
長く続く激しい揺れ。
落ち着いたと思ったら、聞いたこともないサイレンの音が響き渡る。
「大津波警報…?マジかよ!」
『ただちに避難せよ!』
三井は、ターミナルスタッフたちと高台に走った。
崩れ落ちるターミナルビルの壁は、この世の終わりを思わせた。
「振り返るな!走れ!」
誰のものとも分からない叫び声が聞こえ、辺りは悲鳴が溢れた。
「なっちゃんのばあちゃんは?」
「おい!いくぞ!!」
屈強な荷役たちに混じり、三井はある方向に駆け出した。
古びた小さな家の前に着くと、三井は迷わず叫んだ。
「ばあちゃん!逃げなきゃ!!早く!おんぶしてくから!」
「…なつが…なっちゃんがまだ帰ってきてないんだよ…」
「ばあちゃん!なっちゃんが乗った船は、着岸できねぇよ!心配ねぇから逃げなきゃ!」
荷役たちは、有無を言わさず老婦人を背負い、ついでに側にいた犬も抱き上げて走り出した。
「おい!見ろ!!」
ふと坂の上から振り返ると、大津波がターミナルを飲み込んでいた。
流されるたくさんの車両。
先ほどまでいた場所は、波の中に消えていた。
すんでのところで退避したスノーウィングは、全速力で南下していた。
「ターミナルが…」
「このままじゃ埒があかねぇ!宿舎に行くぞ!」
その頃、東北沖を航行していた、もう一隻のフェリー、スノーダンサーは陸から遠く離れた沖合で、陸の惨状を聞いていた。
「着岸出来ねぇ…。しばらく待機して南下するしかねぇな!」
「おい!本社に連絡しろ!災害派遣を見越して、今から着岸できるよう晴海をスタンバイさせろ!」
あまりにも無惨な光景がモニターに映しだされると、ブリッジは絶句した。
「夏葵はどこだ!!ばあさんのことが心配に違いねぇだろうに…」
こうして、フェリーたちの長く過酷な時間が始まった。




