遠い日々〜忍び寄る混沌
平和な時間の中で語られるあの日の出来事。
日向キャプテンは、グラスに口つけながら、フェリーたちの過酷な日々に耳を傾けていた。
三井は続けた。
「僕らはあの時、高台の宿舎でなかなか楽しくやってましたよ。なっちゃんのばあちゃんと、荷役さんたちの昔話聞いたりして。」
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フェリーたちがヘトヘトになって、晴海や有明に辿り着いた頃、本社ではターミナルへの人員や支援物資の調達、フェリーたちへの補給の手配に追われた。
燃料基地も損壊したため補給をすぐ行うことが出来ず、遠方からローリーを呼ぶ必要があった。
地震から2日経って、ようやくそれらは整った。
晴海に避難したフェリークルーは、最低限の人数を残してターミナルへ。
人手不足を補うため、クルーズ部門のクルーたちが続いて応援に向かった。
現地の宿舎では、そんなことなど知る由もなく、電気もない中で荷役たちは犬と老婦人を囲んで焚き火をしたり、思い出話に花を咲かせた。
落ち着くことがない地震速報で、世話になっている老婦人が不安にならないようにするためだった。
「ばあちゃん、しばらくぶりにばあちゃんのすいとん食いてえな!」
一人が芋を焼きながら言った。
「あー!あれうまかったなー!イノシシ肉入れてよ、夜便の仕事前に体あったまったなー。」
もう一人も、ホッカイロを揉みながら笑った。
「また作ってやるよ、いくらでも。なつもあれが大好きだしねぇ。いつも、いつかパパにも食べて欲しいって言ってるくらいだよ。」
「どんな人なんだろな、なっちゃんの父ちゃん…。」
「俺、なっちゃんの父ちゃん、いつかぶん殴ってやりてぇのよ。」
「物騒なこというねぇ、あんた。」
「だってよ、なっちゃんの運動会だって俺たち行ったぜ。父ちゃんいなくて寂しそうだったもんよ。」
ここで初めて、三井は口を開いた。
「なっちゃんのお父さん代わりだったんすね、皆。」
荷役たちは口を揃えた。
「そーだぞ!遠足の日は朝早ぇからよ、俺ら弁当作って見送り行ってよ。ばあちゃんの代わりに迎えに行ったら、あいつお土産だって、小せえキーホルダー買ってきてくれよ。」
「そーそー、シロと一緒に俺らに弁当作って持ってきたこともあった。」
「いつかパパが喜んでくれるといいなってよ。」
「だからよ、こんなに健気で可愛い子を置いて何やってんだって思うんだよ。」
三井はそれを聞いて、珍しく真顔で言った。
「なっちゃんのお父さん、いい人だと思うんすよね。だってなっちゃんのお父さんっすもん。」
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三井がふと顔を上げて夏葵を見ると、お腹いっぱいになったのか、眠たそうな顔をしていた。
「腹いっぱいになると眠くなんの、変わんねーなー、なっちゃんは。」
三井はフフッと笑った。
日向キャプテンは立ち上がり、夏葵を抱き上げた。
「キャプテン、自分が部屋までお送りしますよ。」
副長の二階堂が駆け寄ったが、日向キャプテンは首を振った。
「私が連れていこう。三井、あとで続きを聞かせてくれないか?」
三井は、無邪気に敬礼をしながら答えた。
「イエッサー!キャプテン!」
夏葵は、少しウトウトしながら、子猫のように父の胸に顔を摺り寄せながら言った。
「ウフフ♪お父さん、あったかいなぁ。」
親子の微笑ましい様子を見守っていた副長二人は、インカムから届いた音声に、互いに目だけで合図をし小声で答えた。
「日向キャプテンには、少しこのまま過ごしてもらたい。すぐブリッジに戻る。次席の指示は両名受領したと伝えろ。」
副長たちは、思い出していた。
あの日、灰色の愛船で聞いた混沌の知らせを。
次回も更新までお時間をいただきます。
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