船が一つになった夜ー俺たちはこの人についていく
筋肉ゴリラたちが、こいつについてく!と決意した夜。
松の舞台は、夜のクルーズ船とは思えないほど幻想的だった。
鼓と笛の音が、静けさの中に響き渡る。舞台の袖から袴姿の日向キャプテンが、美しい扇を持って摺り足でゆっくりと現れる。
それを見た夏葵は、その美しい所作に見入っていた。
「パパ…あれがパパ…。」
隣で影千夜が優しく言った。
「よぅ見ときなはれ。あれが…あんたのお父さん、日向葵一郎というお人や。」
"春ごとに 君を祝いて
若菜つむ わが衣手に降る雪を 払わじ払わで…"
舞台横にその英訳の歌詞が映されると、VIPたちは大きく頷きながら、小さな声で囁いた。
「この船のキャプテンだそうだ。」
「あの葵左衛門先生の孫だそうな。」
「キャプテンが小舞を披露するとは…なんと見事な…」
その様子を、ブリッジにいる元自衛官クルーたちはモニターで見ていた。
「この手の踊りはさっぱりわかんねぇけど…」
二階堂はモニターを見ながら言った。
「なんつーか…俺絶対この人についてこうと思った…」
神崎はそれを聞いて頷いた。
「当時の上官が聞いたら、顔真っ赤にして怒りそうだけど…事実だもんな…」
その舞台の光景は、BMMクルーズ全社全船のモニターにも映されている。
サウサンプトンにいるクリスタニアでは、三井たち日本人クルーだけでなく、シンシアたちやフレデリク、ゴードンたち外国人クルーも、じっとその様子を見ていた。
「恐れ入ったぞ。ニューヨークで会ったときもただもんじゃねぇと思ったが…。こんなことも出来るなんてな…」
ゴードンは、腕を組みながら感嘆のため息をついた。
シンシアも大きく頷く。
「こないだ倒れたばかりと聞いたのに…。」
「日向キャプテン…まじスゲェっすね。俺あんな人と乗るんすか…。」
三井は真面目な顔でモニターを見続けた。
「あの人のスゲェトコやな。
うちの船長たちの中で一番ストイックやし、言うだけのことやる。今頃、ソブリンの筋肉ゴリラたちも震えとるんちゃうかな。」
栗栖は、コーヒーを飲みながら笑った。
松の舞台の灯りが静かに消えると、大きな拍手と喝采が波のように湧き上がった。
夏葵は、言葉が出せず、ポロポロと涙を溢していた。
「パパがあんなにすごい人だなんて…私…。」
「あらあら。キャプテン、あんたに見せとうて踊らはったのに、泣いたらあかんぇ。」
影千夜は、そっとハンカチを差し出した。
その様子を静かに見ていた老人は、静かに声を掛けた。
「失礼やけど…お前はん、もしかして葵一郎の娘やろか。違うてたら堪忍やけど…。」
月乃は涙を拭いながら影千夜を見た。
「月乃ちゃん、このお方はキャプテンのお祖父様、日向葵左衛門先生と言うてね、うちのお茶飲み友達なんよ。」
「パパのおじいちゃん?」
「ホホホ。そうやなぁ、お前さんが葵一郎の娘なら、わしはひいじいさんになるなぁ。」
目をぱちぱちさせた夏葵に葵左衛門は言った。
「お前さんの踊りは、若い頃の葵一郎によう似ておってなぁ。もしやと思ぅたんや。もしそうやったら、こんな嬉しいことないわ思ぅてなぁ。」
「お、おじいちゃん…ですか?」
そこに舞を終えた日向キャプテンがやってきた。
「お祖父様。お話が遅れて申し訳ありません。月乃…いえ、夏葵は私の娘です。」
そう言って静かに頭を下げた。
葵左衛門は、笑いながら日向キャプテンの肩を叩いた。
「よいよい。色んな事情があるんやろが、今こうしてお前の娘に、お前の船で会えたんや。えぇじいさん孝行してくれたもんや。そうやろ?」
「恐れ入ります。」
日向キャプテンの目尻に僅かに涙が浮かんだのを見た影千夜は、そっと夏葵に声を掛けた。
「月乃ちゃん、そろそろお部屋戻ろか?二階堂はんたち、あったいかいもん用意してくれはるって言うてはったもんねぇ。」
夏葵は頷いた。
「パパ!おじいちゃん!ピクニックしましょ!」
ソブリンを包む霧が徐々に晴れていく。
VIP専用の屋上デッキでは、筋肉ゴリラたちがピクニックの準備をしていた。
「見ろ!星が見えてきたぞ!」
「月乃ちゃん、喜ぶといいなぁ♪」
「そだなぁ、キャプテンも喜んでくれるといいなぁ。」
ソブリンには琴の音色が響く。
そして、あちこちに温かい笑顔があった。
筋肉ゴリラたちは、なんだかんだ日向キャプテンのことが大好きらしい。
さて、そろそろニューヨークに飛んだリヒトさん呼んでみましょうか!




