霧の反航ーフェリーのおじさん
通常、フェリーと客船が反航をこれほど調整することはありません。
ソブリンが出港した頃、あたりは濃霧に包まれていた。
船内は和やかな雰囲気だが、ブリッジは張り詰めていた。
「視界300。レーダー監視強化。」
「了解。見張り増員配置します。」
「右舷前方、霧中信号確認。」
低く響く霧笛の音が、海の向こうから聞こえてくる。
「運航管理部より通信。」
「繋げ。」
『ソブリン、こちら運航管理部。あと30分程でスターフラワーミラと反航する。双方減速の上、安全距離を維持して通過予定。スターフラワーは右舷側を通過する。』
「ソブリン了解。」
本来なら、運航中の客船とフェリーが、このような形で反航を調整することなどほとんどない。
だが、ソブリン出港前。
スターフラワーに一本の電話が入っていた。
「頼みがある。今夜うちのソブリンと反航する。君たちが可愛がってくれた夏葵がいる。顔を見せてやって欲しい。」
スターフラワー側は、思わず聞き返した。
『……何故、日向キャプテンがその連絡を?』
「反航すれば分かる。」
そして、晴海を出港し北上しているソブリンは、慎重に速力を落としていた。
「両舷見張り、反航船確認急げ。」
「右舷見張り配置完了。」
「前方霧濃いです。」
「了解。レーダー距離維持。」
何も知らず、着物姿のままで濃霧の海を楽しんでいた夏葵は、聞き覚えのある音に気づいた。
「フェリーかぁ。もうスターダンサー出港した時間だよね。会いたいなぁ。」
そこに夏海がやって来た。
「このまま見ててみぃ。」
それだけを言って、一緒に海を眺める。
やがて霧の中から、ぼんやりと見慣れた船首灯が浮かび上がった。
「あ……ミラ!!」
夏葵は思わず身を乗り出した。
一方、スターフラワーミラのブリッジでも、見張り員たちが双眼鏡を覗き込んでいた。
「右舷側、ソブリン視認!」
「距離保持確認!」
その時、デッキ見張りが声を上げた。
「ブリッジ!ソブリンになっちゃんがいるぞ!手振ってる!!」
ミラは安全距離を保ちながら、慎重に反航位置へ入る。
「おーじーさーん!!お父さん、見つかったのーーー!!」
夏葵は、霧の海に向かって声を張り上げた。
すると、ミラの甲板からライトが大きく振られる。
「なっちゃーーーん!!よかったなーーー!!」
「またターミナル遊びにこいよーーー!!」
「うーーん!お父さんと遊びにいくねーーーっ!!」
ソブリンは、静かに長い三音を鳴らした。
ミラも長音で返礼する。
濃霧の海に、二隻の汽笛が低く響いた。
ソブリンブリッジで、父は静かに無線を取った。
「スターフラワーミラ。ソブリン日向だ。感謝する。」
『我がグループの皇帝に、我々のお姫さまがいるとは思いませんでした。皆喜んでます。どうぞ、お気をつけて。』
「あぁ、安航を祈る。」
「反航終了。安全距離回復。」
「機関、通常速力準備。」
「了解。」
やがて二隻の船は、再びそれぞれの航路へ戻っていく。
「さぁ、なっちゃん。そろそろ舞台の時間やから、戻ろか。」
夏葵は、ミラの去った方向を見ながら返事をした。
「今夜はとっても頑張れそうです♪」
松の舞台に、静かに灯りが点っていた。
フェリーのおじさんたちに嬉しい報告ができた夏葵ちゃん。
ソブリンは一路カナダへ。




