大将の来訪 — ぶつかる誇り、重なる想い
リヒトの不器用さは、
この人譲りです。
翌日。
クリスタニアに、黒塗りの車が横付けされた。
艶のない黒。
余計な装飾を排した、機能だけを残したような車体だった。
ドアが開かれ、降りてきたのは―リヒトにそっくりな軍人だった。
姿勢、視線、立ち方。
似ているというより、同じ型で作られたかのようだった。
デッキの影から覗いていた三井が思わず声を上げる。
「お、お父様っすよ!激渋じゃないっすか!」
「おぉ!まさに燻し銀だな!」
谷屋も思わず乗る。
「あんたたち、わちゃわちゃしてないでお出迎えいくの!」
シンシアが二人の襟を掴み、そのまま引きずっていった。
⸻
正装したリヒトとレイコ、主要な上級オフィサーたちが並ぶ。
ヴァルナー上級大将は足を踏み入れるなり言った。
「突然の訪問で恐縮だが、息子に会いに来た」
隣の秘書が箱を差し出す。
「皆で召し上がっていただきたい」
その一連の動作に、迷いはない。
まるで既に“場を掌握している”かのようだった。
「父上、ご無沙汰しております」
リヒトは緊張を押さえ、頭を下げる。
「本船をお訪ねくださり、ありがとうございます」
レイコは軽く膝を折る。
「お父様、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。妻のレイコと申します」
大将はレイコを見て、ふむと頷いた。
一瞬の観察。
値踏みではなく、“確認”に近い視線だった。
「話はハワード提督から聞いている。少し話がしたい」
⸻
VVIPラウンジのテーブルには、プロイセンブルーが静かに飾られている。
深い青は、光を吸い込むように落ち着いていた。
整えられたテーブルに目をやり、大将はわずかに目を細めた。
プロイセンブルーで出迎える。
つまり、ドイツの儀礼を尊重している、ということだ。
大将は、席に着くなり切り出した。
「息子よ……お前は父に言うことはないか」
遠くで見ていたエディが、やはり、と眉間を押さえる。
「父上、手紙で結婚の件はご報告しております」
「……貴様、勝手に婿入りを決めただろう!
紅海でのニュースだけでも驚いたというのに!貴様は父をナメているのか!」
「父上……それは―」
「いいか!考えてみろ!」
テーブルに、拳をドンッと打ちつけて大将は続ける。
「貴様が海で何かあっても、父である私が迎えに行くことが出来んのだぞ!」
大将の拳がワナワナと震えた。
「どれほど肝を冷やしたと思っているのだ!」
その言葉に、リヒトの表情が変わる。
ただの叱責ではない。
その奥にあるものを、理解してしまったからだ。
だがー
「父上!何を今さら父親らしいことを言うのですか!今まで一度も、私や兄上、母上と家族らしいことなど―」
「黙れ!」
空気が張り詰める。
ぶつかり合うのは、言葉ではなく“生き方”だった。
収拾がつかなくなりかけた、そのとき。
「閣下」
エディが一歩前に出た。
英国海軍の制服に、大将の視線がわずかに動く。
「中佐のヴェイル・ハワードと申します」
「ローズ嬢の婿だったか」
「はい」
エディは静かに続ける。
「提督の意図は、レイコの夫とその船を守るためです。閣下のお力や影響力は存じ上げておりますが、海の上ではハワード提督の方が力がございます」
「分かっている!」
短く返すが、大将はそれでも収まらなかった。
「では、なぜお怒りなのでしょう」
エディの問いは、リヒトの心を完全に代弁したものだった。
少しの間、テーブルの上で手を組んでいた大将は、やがて口を開いた。
「ニュースでシードラゴン艦隊の発表を聞いた時、本当はこやつの兄に紅海行きを命じたかったのだ。だが、ウォルシンガムのF35は見ていただけだった。つまり、手出し無用ということだ……。
軍に行かんと飛び出した息子を案じぬ親がいると思うか?
中佐なら分かるだろうが、軍を背負うことに情など不要だ。亡き妻にも息子たちにも辛い思いをさせた。それでも守るべきものがある。
…にも関わらず、こやつはいつも私の気など知りもせず、好き勝手ばかりだ」
「お父様」
レイコが静かに口を挟んだ。
全員の視線が集まる。
だが、彼女は一歩も引かない。
「かつてのことは、わたくしには分かりませんけれど、お会いして分かったことがありますわ」
「なんだ」
「お父様とリヒトは、そっくりだということです」
空気が止まる。
「怒り方も、考え方も。まるでそっくり」
二人が同時に目を見開く。
その一致が、否定できない。
「お父様の血を受け継いだからこそ、わたくしの船は彼に守られているのだと」
一歩も引かずに続ける。
「そんな彼を愛していますもの。お父様が大切になさってきたものを、わたくしも一緒に守りたいのです。いけませんか?」
やがて大将は目を細めた。
怒りではない。
評価に近い視線だった。
「……よかろう」
視線が花に向く。
「プロイセンブルーを飾ったのは君かね」
「えぇ。彼が贈ってくれたのもプロイセンブルーでした。お父様から受け継いだ誇りは、この船に受け継がれているとお伝えしたくて」
大将はゆっくり頷く。
理解ではなく、承認だった。
「リヒト。後で母に会いにいってやるといい。きっと喜ぶだろう」
立ち上がり、秘書に合図をすると、秘書は小さな箱を差し出した。
そこには、指輪が二つ入っていた。
「これは私と妻の結婚指輪だ。妻が亡くなる前、リヒトが結婚したらこれを贈るよう託していった」
リヒトは言葉を失う。
それは命令でも評価でもない。
ただの、継承だった。
「さて、もう行くとしよう」
扉へ向かい、振り返らずに大将は言った。
「息子よ。我が軍は、いつもお前たちと共にある」
⸻
大将は静かに船を降りていった。
その背中は最後まで、揺るがない。
リヒトは敬礼し、その背中を見送った。
クリスタニアは長音を三度鳴らす。
一人の父、そして軍人のために。
伝え方は不器用でも、
想いの強さは同じでした。




