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それからのクリスタニア〜静かな海に灯はともる  作者: おーがすてぃーぬ


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8/97

大将の来訪 — ぶつかる誇り、重なる想い

リヒトの不器用さは、

この人譲りです。

翌日。


クリスタニアに、黒塗りの車が横付けされた。


艶のない黒。

余計な装飾を排した、機能だけを残したような車体だった。

ドアが開かれ、降りてきたのは―リヒトにそっくりな軍人だった。


姿勢、視線、立ち方。

似ているというより、同じ型で作られたかのようだった。


デッキの影から覗いていた三井が思わず声を上げる。


「お、お父様っすよ!激渋じゃないっすか!」


「おぉ!まさに燻し銀だな!」


谷屋も思わず乗る。


「あんたたち、わちゃわちゃしてないでお出迎えいくの!」


シンシアが二人の襟を掴み、そのまま引きずっていった。


正装したリヒトとレイコ、主要な上級オフィサーたちが並ぶ。


ヴァルナー上級大将は足を踏み入れるなり言った。


「突然の訪問で恐縮だが、息子に会いに来た」


隣の秘書が箱を差し出す。


「皆で召し上がっていただきたい」


その一連の動作に、迷いはない。

まるで既に“場を掌握している”かのようだった。


「父上、ご無沙汰しております」


リヒトは緊張を押さえ、頭を下げる。


「本船をお訪ねくださり、ありがとうございます」


レイコは軽く膝を折る。


「お父様、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。妻のレイコと申します」


大将はレイコを見て、ふむと頷いた。


一瞬の観察。

値踏みではなく、“確認”に近い視線だった。


「話はハワード提督から聞いている。少し話がしたい」



VVIPラウンジのテーブルには、プロイセンブルーが静かに飾られている。


深い青は、光を吸い込むように落ち着いていた。


整えられたテーブルに目をやり、大将はわずかに目を細めた。


プロイセンブルーで出迎える。

つまり、ドイツの儀礼を尊重している、ということだ。


大将は、席に着くなり切り出した。


「息子よ……お前は父に言うことはないか」


遠くで見ていたエディが、やはり、と眉間を押さえる。


「父上、手紙で結婚の件はご報告しております」


「……貴様、勝手に婿入りを決めただろう!

紅海でのニュースだけでも驚いたというのに!貴様は父をナメているのか!」


「父上……それは―」


「いいか!考えてみろ!」


テーブルに、拳をドンッと打ちつけて大将は続ける。


「貴様が海で何かあっても、父である私が迎えに行くことが出来んのだぞ!」


大将の拳がワナワナと震えた。


「どれほど肝を冷やしたと思っているのだ!」


その言葉に、リヒトの表情が変わる。


ただの叱責ではない。

その奥にあるものを、理解してしまったからだ。

だがー


「父上!何を今さら父親らしいことを言うのですか!今まで一度も、私や兄上、母上と家族らしいことなど―」


「黙れ!」


空気が張り詰める。


ぶつかり合うのは、言葉ではなく“生き方”だった。


収拾がつかなくなりかけた、そのとき。


「閣下」


エディが一歩前に出た。


英国海軍の制服に、大将の視線がわずかに動く。


「中佐のヴェイル・ハワードと申します」


「ローズ嬢の婿だったか」


「はい」


エディは静かに続ける。


「提督の意図は、レイコの夫とその船を守るためです。閣下のお力や影響力は存じ上げておりますが、海の上ではハワード提督の方が力がございます」


「分かっている!」


短く返すが、大将はそれでも収まらなかった。


「では、なぜお怒りなのでしょう」


エディの問いは、リヒトの心を完全に代弁したものだった。

少しの間、テーブルの上で手を組んでいた大将は、やがて口を開いた。


「ニュースでシードラゴン艦隊の発表を聞いた時、本当はこやつの兄に紅海行きを命じたかったのだ。だが、ウォルシンガムのF35は見ていただけだった。つまり、手出し無用ということだ……。

軍に行かんと飛び出した息子を案じぬ親がいると思うか?

中佐なら分かるだろうが、軍を背負うことに情など不要だ。亡き妻にも息子たちにも辛い思いをさせた。それでも守るべきものがある。

…にも関わらず、こやつはいつも私の気など知りもせず、好き勝手ばかりだ」


「お父様」


レイコが静かに口を挟んだ。

全員の視線が集まる。


だが、彼女は一歩も引かない。


「かつてのことは、わたくしには分かりませんけれど、お会いして分かったことがありますわ」


「なんだ」


「お父様とリヒトは、そっくりだということです」


空気が止まる。


「怒り方も、考え方も。まるでそっくり」


二人が同時に目を見開く。


その一致が、否定できない。


「お父様の血を受け継いだからこそ、わたくしの船は彼に守られているのだと」


一歩も引かずに続ける。


「そんな彼を愛していますもの。お父様が大切になさってきたものを、わたくしも一緒に守りたいのです。いけませんか?」


やがて大将は目を細めた。


怒りではない。

評価に近い視線だった。


「……よかろう」


視線が花に向く。


「プロイセンブルーを飾ったのは君かね」


「えぇ。彼が贈ってくれたのもプロイセンブルーでした。お父様から受け継いだ誇りは、この船に受け継がれているとお伝えしたくて」


大将はゆっくり頷く。

理解ではなく、承認だった。


「リヒト。後で母に会いにいってやるといい。きっと喜ぶだろう」


立ち上がり、秘書に合図をすると、秘書は小さな箱を差し出した。


そこには、指輪が二つ入っていた。


「これは私と妻の結婚指輪だ。妻が亡くなる前、リヒトが結婚したらこれを贈るよう託していった」


リヒトは言葉を失う。


それは命令でも評価でもない。

ただの、継承だった。


「さて、もう行くとしよう」


扉へ向かい、振り返らずに大将は言った。


「息子よ。我が軍は、いつもお前たちと共にある」



大将は静かに船を降りていった。

その背中は最後まで、揺るがない。


リヒトは敬礼し、その背中を見送った。


クリスタニアは長音を三度鳴らす。

一人の父、そして軍人のために。

伝え方は不器用でも、

想いの強さは同じでした。

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