宝箱ー晴海埠頭の木の下で
月乃ちゃんは、元気がない時は美味しいものを食べれば元気になると思っています。
夜にになり、晴海埠頭に月が昇る。
日向キャプテンは、ベッドに背中を預けたまま、動けないでいた。
少し前、感情を滅多にぶつけることなどない妻が、涙をボロボロと溢しながら言った。
『私が苦しむと思って言わなかったのでしょう…?
あんなに可愛い子が父親に会いたくて頑張っているのに…。
夫が娘を見て倒れる程悩んでいたと言うのに…。私は…人の子の親にはなれなかった…でも…私は全ての船たちの母親なのよ…。それなのに…あれほど船に愛されている子をどうして私が拒否するだなんて思ったの…!勝手に決めつけないで…』
そのまま妻は、部屋を出た。
苦しませたくないからこそ、言えずにいた。
ある日突然夫の娘が現れて、穏やかでいられる妻は世の中にいないだろう。
そう思ったからだ。
日向キャプテンは、溜息をついて起き上がった。
「俺だ。心配かけてすまなかった。体を動かしたい。カイザーを連れてきてくれ。」
そう電話をすると、少しして、部屋のドアが開いた。
「兄貴、大丈夫か?下に月乃がいたぞ。兄貴が倒れたことを聞いて見舞いに来たそうだ。」
弟の陽司は、カイザーのリードを離しながら言った。
カイザーは、よほど心配だったのか、迷わず日向キャプテンのベッドに飛び乗った。
「大丈夫だ。それより、月乃がいるならちょうどいい。行きたいところがある。散歩に付き合ってくれ。」
陽司は、すぐに妻に電話をいれた。
「夏海に来てもらおう。
姉さんは出掛けてるんだろ?」
「…俺は桜をみくびっていた…。」
「どうしたんだ?」
「…いや…。出かけよう。」
日向キャプテンは、静かに立ち上がった。
カイザーは、その後についていく。
ロビーに降りると、今にも泣きそうな顔をした月乃が、手提げを持って立っていた。
「キャプテン!!倒れたって聞いて…。私心配で…。忙しくてご飯食べれてなかったんじゃないかと思って…おにぎり作ってきたんです!良かったら、これ食べて元気になってください!」
陽司は笑いながら言った。
「これからカイザーと散歩に行くんだ。せっかくだから、夜のピクニックするか。」
カイザーは手提げの匂いをしきりに嗅いでいた。
自分のおやつはないのか?という顔である。
「カイザー。あんたの分も用意したぇ。」
夏海がバスケットを持って降りてきた。
カイザーは短い尻尾を振り飛び上がる。
「準備がいいな!兄貴は病み上がりだから、晴海埠頭にしよう。すぐそこだしな。
夜のソブリンは綺麗だぞ。」
「わぁ♪ピクニックー♪なんだかワクワクしますー♪」
嬉しそうな月乃を見ながら、日向キャプテンは口を開いた。
「ところで、なんのおにぎりを作ってくれたんだ?」
「えっと…明太子と鮭ですっ!すぐ近くで買えたし!」
「覚えておいてもらおう。私は梅干しが好きだ。」
日向キャプテンは柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、今度はキャプテンが好きな梅干しのおにぎり作りますッ!ターミナルの近くに美味しい梅干し屋さんがあるから、今度買いに行かなきゃ♪夏海さんたちは何がいいですか?」
「せやなぁ、うちは鮭やなぁ。」
「おれはたらこ。」
「ええこと思いついたわ♪ソブリンでなら、海の上でピクニック出来るぇ♪
ソブリン出港の時間帯は、月乃ちゃんが大好きなミラがドックに行くのに通るはずやから、素敵なピクニックになるぇ。どうや?」
「ミラ!!日向キャプテン!ソブリンでピクニックしてもいいですか?」
「そうだな。いいだろう。」
兄が珍しく嬉しそうにしている様子を見た陽司は、夏海に小声で言った。
「兄貴、覚悟決めたんだな…。」
「ほんまゃ。今、影千夜姉さんと桜姉さん一緒やから、きっとうまくいくぇ。」
埠頭に近づくと、カイザーが立ち止まり、鼻をヒクヒクとさせた。まるで、何かがそこにいるかのように。
「カイザー、どうしたのー?」
月乃が声を掛けた途端に、カイザーは走り出した。
慌てて陽司が止めるが、カイザーはまっすぐにある場所に走っていった。
「カイザー!戻れ!」
日向キャプテンはコマンドを飛ばしたが、カイザーはそのままある木の下を一心不乱に掘っていた。
「モグラでも見つけたのー?」
陽司と月乃が駆け寄ると、カイザーはあるものを見つけ出していた。
それを見た月乃は声を上げた。
「これ!ママの宝箱!!」
美しい螺鈿細工の小箱だった。
月乃が蓋を開けると、そこには震える手で書いたであろう手紙が2通と万年筆が入っていた。
晴海埠頭の木の下でカイザーが見つけた螺鈿の小箱。
それは、父と娘をつなぐタイムカプセルでもありました。




