太陽と月ーアストラディアと向日葵
日向キャプテンと晴海ママのすれ違ったままの時間でしたが、巻き戻った先にあるのは果たして
影千夜はゆっくりと語り始めた。
まだ葵一郎が、航海士だった頃のこと。
レジェンディアの姉妹船だった
アストラディアが晴海埠頭に佇む夏の夜。
浴衣姿の男女がいた。
「晴海、いつか俺がキャプテンになったら、奥さんになってくれるか?」
そう言って差し出したのは、ひまわりのモチーフのネックレスだった。
「また航海に出るの?」
「今度は距離が長いから、しばらく帰って来れないだろう。俺を忘れてほしくないからな。」
「ずっと着けておくわ。」
この時、晴海は知っていた。
この男が、かのBMMの客船の船長候補だということを。
そして…日向葵左衛門という大物狂言師の後継者であることも。
(だめなのよ。私は日向で暮らせない女だもの…)
アストラディアがニューヨークに向けて出港した一カ月後。
晴海は自身の体調の変化に気づいた。
夜の世界では、隠すことは難しいことではあったが、語学の勉強を続けていたことが功を奏し、語学留学という理由で密かに海外に渡ることを思いついた。
そして、晴海は信頼出来るスタッフに葵一郎への手紙を託して姿を消した。
"私は夜の女。あなたと生きる世界が違うの。あなたの未来の奥さんに恨まれたくないわ。じゃあね。"
ニューヨークから戻った葵一郎は、手紙を受け取りすぐに晴海の行方を探したものの、ついに見つけることは出来なかった。
しかし、2年後店に復帰した晴海はひまわりのネックレスだけはいつも肌身離さず着けていた。
そのネックレスのことを聞かれても、お気に入りだとしか言わない。
誰のものにもなることはなく、海の男たちの灯台であり続けた晴海は、娘が成人を迎える前に病死した。
その娘の名はー
「夏葵。それが月乃ちゃんの名前や…。晴海さんは、坊ちゃんの未来のために自ら去ることを選びなはったんよ…。せやから、坊ちゃんは何も知らへん。このまま知らんといてくれたら…そう思ぅとった…。月乃ちゃんのためにも…。」
「あの子、もう誰もおらへんのよね?おばあちゃんも亡くなったと聞いたぇ?」
夏海は影千夜に尋ねた。
「そうや。あの子にはフェリーたちが家族やったんよ。せやけど…時々寂しそうに見えてなぁ…ほんまは、坊ちゃんが父親やと言うてあげたいけど…。」
「姉さん、兄さん直に気づきはると思うわ…。せやけど、これは兄さんの問題で、夫婦の問題や。
うちらは、月乃ちゃんを支えてあげることしか出来へん。」
夏海の言葉を黙って聞いていた陽司は言った。
「俺…兄貴の代わりに月乃を娘にしてもいいと思ってる。」
夏海は思わず笑った。
「あんた、あの子が娘になったら甘やかすやろねぇ。それはそれで楽しそうやわぁ。」
「そん時はそん時や。夏海ちゃん、陽司坊ちゃん、しばらくの間気ぃつけたっておくれやす。」
影千夜は、静かに部屋を出た。
その手には、陽司が買っておいたシュークリームの袋があった。
「早よ帰らんと。まだか言うてプリプリしはるわ、あの子。」
その頃。
月乃はひまわりのネックレスを見つめていた。
そしてそっと呟いた
「頑張れば、いつかパパに会えるのかな…。」
外の雨は激しさを増していた。
白い巨船は、遠くの汽笛を聞きながら静かに眠っていた。
弟夫婦が悩んでいる頃、日向キャプテンは…




