伝説が遺したものー弟の苦悩
弟陽司が考えていることは、おそらく皆さんが考えていることと同じです。
顔合わせが終わり、影千夜と月乃が去った後、陽司は動けずにいた。
(あれは…“月夜の君”の娘か…)
夫が頭を抱えている様子を見た夏海は、そっと隣に腰を下ろした。
「あんた、どないしたん?そろそろ帰るで。」
「夏海…。正直に言え。あの子のこと、どこまで知ってる。」
「月乃ちゃん?残念やけど、うちは知らんぇ。ただ、踊ってるとこ見て思ぅたんは…あの子の踊りが葵一郎兄さんに似てはるってことや…」
「それも否定出来ない。」
「あんたは、何を思うとったん?」
「あの子が…兄貴の娘じゃないかってことだ…」
少しの間、沈黙が流れた。
兄夫婦は子供がいない。
だが、グループでも知られたおしどり夫婦だ。
兄の過去のことをとやかく言うつもりは、陽司にはさらさらない。
だが、陽司には確信があった。
この辺りで月夜の君と言われた、孤高の女に月乃がよく似ていたからだ。
そして、兄が向日葵のネックレスに目をとめたこと…。
(ひまわりか…)
その女は、どんな高価な贈り物を貰っても、そのネックレスだけは持っていたという。
誰のものにもならなかったその女が、いったい誰と恋していたのか、それは界隈でも誰も知らない謎だった。
(まさか…兄貴だったとは…)
どこでどうなったら、あの兄が月夜の君と恋に落ちるのか。
もしこれが事実なら、兄夫婦は…
陽司は、額に手を当てたまま、夏海に言った。
「帰ろう。話がある」
突然立ち上がった夫について、夏海もあわてて立ち上がった。
エレベーターの扉が閉まる時、陽司の顔はいつになく険しかった。
その頃、日向キャプテンは、執務室の窓から晴海埠頭を眺めていた。
(君なのか…。何故だ…)
するとノックの音がして、秘書が入ってくる。
「キャプテン、社長がお帰りです。」
「あぁ、今行く。」
そのことに確信が持てないまま、日向キャプテンは妻の待つフロアに向かった。
「あなた、ソブリンの準備はいかが?」
「あぁ、問題ない。演者も素晴らしい。とてもいい気分だ。今夜は酒が進みそうだ。」
「それは良かったわ。
今夜は少し飲みましょ。何になさるの?」
夫婦は、いつも通り仲睦まじくエレベーターに乗った。
「そうだな、天鷹にしよう。」
「いいわね。」
エレベーターの扉が閉まる。
夫婦の時間は、それぞれに長い。
ソブリン出航まで数日。
BMMで最も恐れられる艦隊統括の胸の内と、その答えを知っているのは犬たちだけだった。
妻ののことしか考えていなそうな陽司ですが、あぁ見えて色んなことを考えています。
まもなくソブリン出港です。引き続きお楽しみに!




