晴海に咲く向日葵—フェリーに愛された娘
夏海さんが忙しく駆け回っています。
芸妓の影千夜姉さんが知っているあることとは。
クリスタニアがバルセロナを離れ、ポルトガルへ向かっている頃、日本ではソブリン出港の準備が進められていた。
船内には、金箔や彫金だけでなく螺鈿細工まで施され、涼やかな竹の香りが静かに漂っている。
白く美しい巨船を眺めながら、二人の着物姿の女性が日傘を差して歩いていた。
「月乃ちゃん。これが今度のお仕事先の船やで。ほんま綺麗やねぇ」
名前を呼ばれた若い娘は、目を輝かせながら嬉しそうに頷いた。
「影千夜お姉さん、この船で踊るんですね! すごいなぁ」
「なに言うてんの。あんたも踊るんやで。この船のキャプテンにご挨拶せなあかんから、そろそろ行こか」
「はい!」
軽やかに草履の音が鳴る。
晴海の風は、どこまでも優しかった。
その頃、本社では——
「夏海さん! そろそろ影千夜さんたちが到着される頃だと思いますけど、ラウンジにします? それとも社長室にします?」
「そやなぁ……社長室やと船が見えへんのよなぁ。クルーズ部門のラウンジ使おか。お着物やさかい、気ぃつけたげとくれやす」
「分かりました!」
「ホテルの手配はどうや?」
「グループホテル押さえてあります。夏海さんもお稽古されますし、演者さんも入られるので、一フロア借り切りました」
「おおきに。キャプテンに恥かかさんようにせんとなぁ。あぁ、そうや。日向キャプテンに場所の連絡もしといてくれやす。この後キャプテン、財団の方と会食やさかい、スケジュール気ぃつけたってな」
夏海は、このところ目が回るほど忙しかった。
ソブリンのホテル部門マネージャーとしての仕事に加え、琴や舞踊の稽古、さらに日向キャプテンのスケジュール管理まで抱えている。
「あかんわ……出港前にどうにかなりそうやわ……んもう」
一人ぼやきながら、夏海はクルーズ部門ラウンジへ向かった。
ラウンジには、綺麗に整えられたティースタンドが用意されている。
「月乃ちゃん、何がええやろなぁ」
少し考え込むと、夏海はインカムで警備部へ連絡した。
「ホテル部門の日向やけど、ワンコらどこにおるやろ」
『カイザーは日向キャプテンの執務室、スナイパーはご主人のところ、ガルシアはロビーです。呼びますか?』
「ほな、カイザーとスナイパーをクルーズ部門ラウンジによこしとくれやす。うちの人、今打ち合わせしとるさかい、終わったら来はると思うけど……」
『畏まりました。お客様は犬大丈夫ですか?』
「わんこ好きな子やさかい心配あらへん。ただ、お着物やからハンドラー誰か付けとくれやす」
『承知しました』
夏海が慌ただしくフロアを駆け回っていた頃。
BMM本社ロビーにいた警備犬ガルシアが、二人の女性に気づいた。
普段なら警戒するはずなのに、今日に限っては首を傾げ、短い尻尾を振っている。
「わぁ♪ 姉さん、おっきいワンコいますぅ♪ 可愛いですねぇ♡」
薄いピンクの着物を着た若い娘は、嬉しそうにガルシアへ近づいた。
ガルシアは鼻をスンスン鳴らしたあと、迷うことなくひっくり返る。
それを見ていた警備部は、思わず声を上げた。
「おい、ガルシアがひっくり返ったぞ!! 日向兄弟にしか腹見せたりしないのに……!」
その後ろから、若草色の着物を纏った女が静かに嗜めた。
「月乃ちゃん、程々にしいよ。お着物なんやからねぇ」
娘は渋々立ち上がり、二人はそのままエレベーターへ向かう。
やがて扉が開くと、夏海が嬉しそうに出迎えた。
「影千夜さん姉さん! お久しぶりどすなぁ」
「夏海ちゃん! 元気そうやなぁ。呼んでくれて嬉しいわぁ」
「この子が月乃ちゃんどすか? 可愛い子やねぇ」
「月乃です! BMMスターフラワーのフェリーアテンダントしてました!」
「こんな可愛い子、フェリーは離しとぅなかったやろに。よう来たねぇ。今キャプテンおいでになるさかい、お茶でも飲んで待っとってな」
「はい!」
キラキラしたアフタヌーンティーセットに、月乃は目を輝かせていた。
影千夜は、静かに窓の外を見る。
晴海埠頭と、白い巨船。
(晴海さん……あんた、ほんま難儀な土産置いてったなぁ……)
月乃の胸元で、向日葵のネックレスが小さく揺れる。
それを見るたびに、影千夜の胸は少しだけ重くなるのだった。
癒し系フェリーアテンダントだった月乃ちゃん。
実は隠された秘密か…




