フォックスの覚悟—シードラゴンの名に賭けて
わんこ系男子だったフォックスが、艦隊に戻る決意をします。
切ない恋でもありますが、切ない恋はフォックスだけではありませんでした。
白い満月が海を照らし始めた頃、クリスタニアのボールルームは、色とりどりのドレスが咲き誇り、現実を忘れるほど美しく輝いていた。
本来であれば主席船長であるリヒトが挨拶を務めるべきだったが、今宵はバルセロナの夜。
レジェンディア時代からこの海を知るヘンリー船長が、名誉船長として壇上へ立った。
「皆様。本船のパーティーへご参加くださり、ありがとうございます。我が愛船レジェンディアに続き、我が社の旗艦クリスタニアを愛してくださる皆様へ、心より御礼申し上げます」
穏やかな声に、何人ものゲストが感慨深げに頷いた。
「今宵は、我が弟子キャプテン・ヴァルナー夫妻に代わり——我が船が誇る素晴らしいダンサーと、愛すべき友ロイヤルネイビーの若き中尉によるダンスから始めることにいたしましょう」
大きな拍手と共に照明が落ちた。
互いに反対側から歩み出た二人は、中央で深く礼をし、静かにホールドを取る。
その姿を見たリヒトとレイコは、思わず目を見開いた。
「素敵だわ……!」
「驚いたな。完璧なホールドだ」
そこにいたのは、普段の子犬のようなフォックスではなかった。
若きロイヤルネイビー士官そのものだった。
低く情熱的な“黒い瞳”の旋律に合わせ、エレクトラは完璧なタンゴを踊り始めた。
大きく上体を反らし、鋭く脚を振り上げる。
そして、美しいホールドのまま流れるようにステップを踏む姿は、まるで駆逐艦そのものだった。
海軍士官と踊るその光景は、ゲストにクリスタニアとロイヤルネイビーの深い絆を思い出させていた。
エディは、その姿を見つめながら複雑な表情を浮かべた。
(フォックス。君の気持ちはよく分かるんですよ…
あなたに出会わなければ……こんなに苦しむことはなかったのに、とね)
黒い瞳の旋律が静かに終わると、ホールは大きな歓声と拍手に包まれた。
フォックスは数歩下がると、エレクトラへ向かって敬礼した。
エレクトラは、それを受けて深く膝を折る。
そして、小さな声で言った。
「フォックス中尉。あなたが次に踊る時は、私をパートナーに指名してください。ロイヤルネイビーのパートナーを務めることは、最高の名誉ですから」
フォックスは、静かに微笑んだ。
「あなたに相応しい踊り手になります。シードラゴンの名に賭けて」
その夜。
イギリスのハワード提督のもとへ、一通のメッセージが届いた。
『私を艦隊へ戻してください。今がその時なのです。
ロバート・フォックス・ハワード』
イギリスの夜は、星が美しかった。
暗闇に浮かぶ駆逐艦たちは、若者の覚悟を静かに受け止めるように佇んでいた。
レジェンディア史上最高のロマンスでもあった、リヒトとレイコのタンゴでしたが、
クリスタニア史上、おそらく最高のタンゴになるのは、エレクトラとフォックスかもしれません。




