人生を変えるタンゴ—エレクトラのプライド
レジェンディアより愛をこめての名シーン
タンゴ黒い瞳が再び!
バルセロナの空がオレンジ色に染まる頃、クリスタニアの船内は美しく輝いていた。
パーティーへ出席するものの、踊ることが出来ないレイコは、エンパイアラインのゆったりしたネイビーのドレスに身を包み、白薔薇の髪飾りをつけて、どこか落ち着かない様子だった。
だが、そわそわしているのは若い士官も同じらしい。
「ロバート、正装がよく似合うわ。素敵よ!」
レイコが嬉しそうに声をかける。
「お姉様、ありがとうございます」
微笑みは、いつものフォックスだった。
だが、その目元だけはまったく笑っていない。
見かねたエディが、静かに口を開いた。
「フォックス。君はエレクトラさんに恋したのでしょう?」
フォックスは、ふいっと視線を逸らした。
「お兄様には……関係ないですよ」
エディは、少しだけ厳しい声になる。
「今夜は、ロイヤルネイビー士官として、レイコたちの代理を務めるダンスです。君は知らないでしょうが、あのリヒトがバルセロナで“黒い瞳”を選んで人生が変わったんですよ。この船で黒い瞳を選ぶということは、君の人生が大きく関わることを意味します」
そう言って、エディはあの夜を語り始めた。
——リヒトは、静かにフロアへ歩み出た。
レイコの前で立ち止まり、胸へ手を当てる。
「オーガスティア様。本船に栄誉をお与えください」
レイコは少し驚いたように目を瞬かせた。
そして、ふっと微笑む。
「喜んで」
リヒトは振り返り、バンドマスターへ告げる。
「マスター。“Dark Eyes”」
バンドマスターが即座に頷いた。
「イエッサー!」
次の瞬間——低く、情熱的な旋律が流れ始める。
黒い瞳。
その曲名を聞いた瞬間、フロアがざわめいた。
「タンゴだ」
「黒い瞳……!」
船長はグラスを傾けながら、小さく笑う。
「やっぱりな」
その横で腕を組んで見ていた男が、低く呟いた。
ロイヤルネイビー駆逐艦リヴァイアサン艦長——ジェームズ大佐だった。
「ほぅ」
そして静かに続ける。
「不器用そうだが……腕のいい航海士だ」
音楽が深く沈み、そして——タンゴが始まった。
リヒトのリードは、意外なほど滑らかだった。
大きく、力強く。
だが、正確にレイコを導いていく。
フロアの視線が、一気に集まる。
「……上手い」
「すごい……」
歓声が上がり始めた。
レイコが、小さく囁く。
「あなた、とても上手ね」
リヒトは、少し照れたように答えた。
「私は不器用ですが……」
ゆっくりと彼女を引き寄せる。
「愛するものには、美しくあってほしいと思うだけです」
レイコは微笑んだ。
「レジェンディアは幸せね」
だが、リヒトは静かに首を振る。
一歩踏み込み、レイコをさらに引き寄せた。
「いいえ」
レイコが顔を上げる。
「え?」
リヒトは穏やかに言った。
「今、私が操船しているのは……あなたです」
話し終えたエディは、レイコへ視線を向けた。
「まぁ、あの夜が未来の船長夫人の始まりでもありましたからね。レイコの運命も変えたと言っていいでしょう」
レイコは、恥ずかしそうに頬を染めた。
「ちょ、ちょっと……思い出しちゃったじゃないの……」
フォックスは、何度か瞬きをしたあと、静かに口を開いた。
「僕は、リヒトお兄様のようにはなれません。でも、今夜だけは……クリスタニアとロイヤルネイビーの名誉に賭けて踊ります」
同じ頃、クルーラウンジでは——
エレクトラとリヒトが、コーヒーを飲んでいた。
エレクトラは、白と青のダンスドレスを纏い、プロダンサーらしく眩しいほど美しかった。
「エレクトラ。君のおかげで、レジェンディアで俺は愛を知った。そのバルセロナで、君のタンゴを見られるとは思わなかったな。それも“黒い瞳”だなんて」
「あんたの黒い瞳の話、レジェンディアクルーたちから聞いたわよ。“航海士が株主に惚れた”って、当時かなり話題だったそうじゃないの」
「あぁ。そんなこと考えてもいなかったがな」
リヒトは、小さく笑った。
「だが、あの時は君に昔言われた言葉を思い出していたんだ。それが今なんだと、改めて思う」
「なんだか今夜は責任重大ね」
エレクトラは、ふっと笑う。
「でも安心して。レジェンディアの名誉と、クリスタニアの名誉に賭けて——業界で一番美しいタンゴを踊ると約束する」
若い士官の人生が変わるかもしれない。
そんな予感を抱いたまま、エレクトラはダンサーとして立ち上がった。
「もう行くわ。あんたはレイコさん迎えに行って来なさいよ」
「あぁ、そうだな。後で会おう」
バルセロナに月が昇る。
白い船体は、まるで月夜の宮殿のように静かに佇んでいた。
レジェンディアシリーズにおける、曲の意味はブログで解説しています。併せてお楽しみくださいませ




