表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それからのクリスタニア〜静かな海に灯はともる  作者: おーがすてぃーぬ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/97

黒い瞳ーバルセロナの夜再び

 その頃、クリスタニアはバルセロナに停泊していた。


 懐かしい景色に、レイコは心から喜んでいた。


 本当なら街を歩きたい。


 だが、お腹はかなり大きくなり、しかも子供は相変わらず驚くほど元気だ。結局、デッキから港町を眺めるくらいしか出来ない。


 レイコは、少し退屈していた。


「お兄様、ロバートは?」


「さぁ。用事があると言って出て行ったきりですねぇ」


 エディは、のんびりと紅茶を飲みながら答えた。


「ねぇ、最近ロバートがエレクトラさんからダンスを習ってるって聞いたわ。本当なの?」


「そのようですよ。リヒトへ厳しい指導をした方と聞いていますからねぇ。いずれロバートも、リヒトのように……」


 その言葉が終わる前に、レイコはぱっと立ち上がった。


「ねぇ! こっそり見に行きましょ。今日は市場も休みで株も見れないし、街にも行けないから退屈なの!」


「仕方ありませんねぇ。いいですよ」


 レイコは嬉しそうにストールを羽織った。


 その頃、クリスタニアのボールルームでは——


「あなた、体幹はとてもいいわ。技術も悪くない」


 エレクトラは腕を組んだまま言った。


「でも、あなたに足りないのは恋心ね」


 先程までワルツを教えていたが、どうしても何かが足りない。


 船では、ワルツは必修だ。


 よりロマンチックに魅せるためには、多少なりとも“心”が必要になる。


 それが、この若い士官には不足していた。


「恋心……」


 フォックスは、困ったように顔を曇らせた。


(言えるわけないじゃないか……)


「あなた、好きな人はいないの? その人をエスコートするつもりで踊るのよ」


 エレクトラは髪を整えながら続ける。


「あなたたち軍人が、どんな風にダンスを習うのかは知らないけど。ダンスっていうのは、想いを伝えるものなの。恋とか愛とか、それだけじゃなくてね」


 フォックスはしばらく考えた後、静かに口を開いた。


「エレクトラさん。タンゴの練習に付き合ってもらえませんか?」


「えぇ、いいわよ。何にする?」


「“黒い瞳”です」


 その瞬間。


 ボールルームの隅で、カーテンが小さく揺れた。


 そこへ隠れていたレイコとエディは、驚いて顔を見合わせる。


「ねぇ……今、“黒い瞳”って言ったわよね?」


「言いましたねぇ……なんだか」


「レジェンディアみたい…」


 フォックスは知らない。


 レジェンディアで、レイコとリヒトがどれほど情熱的なタンゴを踊ったのかを。


 そしてここは——バルセロナ。


 情熱の都、スペインだった。


 懐かしい旋律が流れ始めた瞬間、フォックスの空気が変わった。


 顔つきも、視線も、立ち姿も。


 まるで、あの夜のリヒトのようだった。


 レイコとエディは、全く同じことを思っていた。


 曲が終わり、完璧なポジションが決まる。


 フォックスは、そのままの姿勢で静かに言った。


「エレクトラさん。僕が好きなのは……あなたです」


 一瞬、空気が止まる。


「ごめんなさい。一目惚れでした……」


 エレクトラは、大きく目を見開いたまま動けなかった。


 ホールドを解くこともなく、二人はしばらくそのままだった。


 やがて、エレクトラが小さく息を吐く。


「フォックス中尉。ダンサーとして言うわ」


 その声は、どこか切なかった。


「それなら——今夜のパーティーで踊りましょう。ロイヤルネイビーの名誉と、クリスタニアの名誉に賭けて」


 そして、少しだけ微笑む。


「いいこと? 二人だけの秘密よ」


 一拍置いて、静かに続けた。


「もっと早く出会っていたら……物語は変わっていたんだから」


 フォックスは知っていた。


 本当は、告げてはいけない言葉だったことも。


 恋してはいけない相手だったことも。


 それでも——止められなかった。


「エレクトラさん。今夜、あなたと踊る栄誉を僕にお与えください」


 ホールドを解いたフォックスは、紳士らしく静かに跪いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ