向日葵と花風ー老狂言師の夢
日向キャプテンの弟夫妻は、こちらでは初登場。
過去編でも、弟夫婦をお楽しみいただけます。
さて、日向兄弟のお祖父様初登場で、日向キャプテンの過去が明らかになる…かも。
BMM本社ビルのカフェラウンジで、とある夫婦がぐったりしていた。
海運統括本部マネージャー、日向陽司と、その妻・夏海である。
「兄貴が、ソブリンに祖父さん乗るって頭抱えてたぞ。どうするんだ」
陽司は天井を仰ぎ見たまま、ぼそりと妻へ尋ねた。
夏海は、優雅に紅茶を口に運びながら笑う。
「どうしたもこうしたもあらへんぇ。お祖父様、“葵一郎兄さんの船に乗る”って、だいぶ前から言うてはったやないの」
「ついてこいって、兄貴からメール来てたんだからな」
「うちが乗るんは仕事やからねぇ。あんたも行くんどっしゃろ? もちろん」
「……ついてくるなら、二人一緒の部屋用意してやるって、兄貴言ってた……」
陽司はぼそぼそと呟いた。
兄は計算高い。
“妻と一緒にしてやる”と言えば、自分が断れないことくらい分かっている。
「ほんなら、旅行ついでに行けばよろしいやないの。お祖父様の相手は、お姉さんがやってくれはるし」
「クソ……兄貴が船なんか乗るから」
夏海は口元へ手を添え、上品に笑った。
「うちは葵一郎兄さんに、お琴頼まれとるしなぁ……。あんた、うちのお琴好きやから、頑張ろか思うとったんやけど。イヤならしゃあないなぁ」
その言葉を聞いた瞬間、陽司はむくりと身体を起こした。
「行く」
商船たちが恐れてやまない男は、どうにも妻のことになると迷いが消えるらしかった。
「せや、祇園の影千夜姉さんから聞いたんやけど、姉さんの妹弟子の子が乗るらしいわぁ。うちのフェリー部門におった子やて。楽しみやわぁ。」
「あの姉さんが妹弟子ねぇ。そんな逸材がスターフラワーにいたんだな。」
「分からんもんやねぇ。」
同じ頃、京都。
元狂言師・日向葵左衛門は、邸宅で弟子たちと談笑していた。
「葵一郎坊ちゃんに会うんは、何年ぶりでっしゃろなぁ。楽しみやわぁ」
間もなく九十になるとは思えないほど背筋の伸びた老人が、脇息へ身体を預けながら茶を啜る。
「ワシが生きとるうちに夢が叶うとは思わんかったわ。ほんに幸せなことよ」
「先生、坊ちゃんの舞が見たいって、ずっと言うてはりましたもんねぇ」
弟子は部屋へ飾られた日向キャプテンの写真を見ながら言った。
「あの方がおられたら、間違いなく人間国宝になってはりましたのに」
「言うてくれるな」
葵左衛門は静かに笑った。
「だが、あれの才能は舞台だけに留まらん。それでええ。船こそが、葵一郎の舞台やからなぁ」
すっと立ち上がり、庭へ目を向ける。
「そうや。葵一郎に贈る扇はどうや?」
「へぇ、そろそろ届く思います。影千夜さん姉さんから、連絡来ることになっとりますさかい」
「えぇもんにせんとなぁ。あれの親父の遺言やさかいに……」
京都の風に、花の香りが混じる。
晴海の海では、どこからともなく飛んできた花びらが、白い巨船にひらひらと舞い落ちた。
業界が色々と動いている中、BMMは至って平和。




