囚われる必要のない者たち—Ny verden—
1億ドルという破格の値段で売却されることになった、漆黒の大型船prisoner
その未来は果たして
ブラッドフォードに呼ばれたアルベルトたちprisonerクルーは、執務室で静かに俯いていた。
「売却……ですか」
アルベルトは、ブラッドフォードの目を真っ直ぐ見据えたまま、告げられた言葉を繰り返した。
「そうだ。だが、お前たちがいなければ、あの船には大した価値はない」
「我々を放逐するということですか?」
誰かが恐る恐る尋ねる。
誰もが、同じ不安を抱えていた。
「放逐と言えば、そうなるかもしれん。だが私は、お前たちに頼みたいことがあるのだ」
クルーたちは顔を見合わせた。
「私の計画だが、prisonerを形式上Preceptへ売却しようと思う。新しい船としてだ。お前たちは船と共にノルウェーへ行き、クリストファーを支えてやってほしい。私の代わりにな」
「副社長は……どうされているのですか?」
「シンガポール以降、一度は死のうと思ったようだ。だがエヴェリーナに救われた」
ブラッドフォードは静かに続ける。
「少し前に、クリストファーから我が社での役職と権利を放棄すると連絡があった」
「ご無事で何よりですが……Preceptと副社長に、何の関係が?」
アルベルトは眉間に皺を寄せた。
ブラッドフォードは立ち上がり、窓の外へ視線を向ける。
「詳しくは聞いておらん。だが、ヘルストレームの呪縛から逃れ、光を見つけたようだ」
一拍置く。
「Preceptには船が一隻しかない。それも、間もなく二十五年になる老齢船だ。いずれ更新は必要になる。だが、Preceptに新造する余裕はない。そしてprisonerには、もはや買い手がつかんだろう」
その言葉に、室内の空気が重く沈んだ。
ブラッドフォードは続ける。
「だから、Preceptへ一億ドルで購入を持ち掛けるつもりだ。クリストファー次第ではあるがな」
長年、共に海を渡ってきた船。
その現実に、アルベルトは唇を噛み締めた。
栄光など遠い昔。
今のprisonerは、どこの船会社にも必要とされない厄介者でしかない。
「社長のご意向、承知しました。我々は命令に従います」
アルベルトは、いつも通り淡々と答えた。
「アルベルト。そして、お前たちも忘れないでくれ」
ブラッドフォードの声は静かだった。
「私は、いつでもお前たちの力になる。それを約束しよう。これは私と、我が社の親心だと思ってくれ」
「……感謝します」
「うむ。クリストファーを頼んだぞ。進捗は追って連絡しよう。それまでは、少し休むといい」
ブラッドフォードの計画は、すでにノルウェーへ届いていた。
Preceptの社員たちは、大型船一隻の売却提示額に驚愕していた。
「一億ドル!? それも、クルーごと?」
「それだけじゃないぞ。見ろ。DMC主要ターミナルの優先使用権まで付けると言ってる」
「やっぱり……クリストファー様の件か?」
「分からん。だが、うちの船はもう二十五歳のばあさんだ。新造する余裕もないし、クルー育成も限界がある」
そこへ、オフィスの扉が開いた。
クリストファーだった。
「どうした」
「クリストファー様。DMCのブラッドフォード総帥から、prisonerを一億ドルで譲ると連絡がありまして」
「prisonerが一億ドル? 何かの間違いじゃないのか?」
「そう思ったのですが……こちらをご覧ください。総帥からのメッセージです」
差し出された用紙には、ブラッドフォードからの直筆メッセージが記されていた。
クリストファーは黙って最後まで読み終える。
そして静かに顔を上げた。
「エヴェリーナには、俺から話そう」
社員たちが姿勢を正す。
「十万GT超の大型船を受け入れ可能かどうか、運用試算を進めてくれ」
「かしこまりました。ですが……クリストファー様、お身体は」
「心配いらん。お前たちこそ倒れるな」
クリストファーとエヴェリーナの結婚は、社員たちの間でも賛否が分かれていた。
Preceptが、いつかDMCに飲み込まれるのではないか。
そんな不安を抱く者もいる。
だが一方で、クリストファーの有能さを間近で見てきた者たちは、その結婚を心から祝福していた。
オフィスを後にしたクリストファーは、prisonerの資料とブラッドフォードからの手紙を持ち、エヴェリーナの病室を訪れた。
「具合はどうだ」
「だいぶ良くなりました。医師はまだ休めと言いますが……早くオフィスへ戻らないと」
「それより、叔父からプレゼントだ」
「ブラッドフォード様ですか?」
「DMCの大型船を、一億ドルで引き取らないかと言ってきた。クルーごとだ」
「クルーごと……?」
「これが船のデータだ。既存船の代替には申し分ないスペックだと思うが、どうだ」
エヴェリーナはベッドへ身を預けながら、資料に目を通した。
「……素晴らしい船ですね。でも、我が社に一億ドルなんて……」
「問題ない。しばらくは俺に任せろ」
クリストファーは、わずかに口元を緩める。
「欲しいか?」
エヴェリーナは、少しだけ子供のような顔をした。
「欲しいです。新しい船があれば……もっと色んなことができますもの。」
珍しく“欲しい”と言った彼女を見て、クリストファーは静かに頷いた。
「お前にプレゼントしてやる。待っていろ」
prisoner購入の意思は、即座にDMCへ伝えられた。
その頃ニューヨークでは——
ブルーリッジクルーズが、ある船の情報を見つめながら、二人の男が意味深に笑みを浮かべていた。
クリストファーはクリストファーなりに、色々考えているようです。
アルベルトたちの未来は…




