生き直せーブラッドフォードの手紙
父失脚を知ったクリストファー。
生き直すことを選べるでしょうか。
シンガポールからおよそ半年。クリストファーは、ロフォーテンにいた。
「クリストファー様!どうにもフレルセルが言うことを聞いてくれませんで。今日は獣医が来る日だってのに、馬房に籠もって出てきやせん!」
厩務員が、額の汗を拭いながら訴える。
クリストファーは、フッと口元を緩めた。
「仕方のないやつだ。だが、俺も医者は嫌いだ」
厩務員とともに馬房へ向かい、フレルセルに声をかける。
「フレルセル。俺も医者というものは嫌いだ。気が沈むからな。だが、お前も俺も、そうしないとエヴェリーナが心配する。そうだろう?」
フレルセルは耳を動かし、抗議するかのように鼻を鳴らした。
「これが終わらなければ、外に出られないぞ」
しばしの間のあと、フレルセルは渋々と頭絡を受け入れる。納得したわけではないが、クリストファーに鼻面を撫でられると、それ以上は抵抗しなかった。
「さすがはクリストファー様!あっしらじゃ、毎回蹴られるし噛まれるしで、手に負えませんで」
「それは何よりだ」
「定期健診なので時間はかかりません。乗られますか?」
「そうだな。馬装を頼む」
馬房を離れ、部屋へ戻る。テーブルの上に、一通の手紙が置かれていた。
"マーカス・ブラッドフォード"
「……叔父上か」
“クリス。ヘルストレームの呪縛は終わりだ。君を私の養子に迎えたい。全ては君の選択だ。私は、君が笑顔を取り戻すなら、それでいい。”
それだけだった。
「ヘルストレームの呪縛、か……」
手紙を置き、短く息を吐く。
(呪縛が解けたところで、俺の罪が消えるわけではない…)
DMCに戻れとは書かれていない。ヘルストレームの名を捨てろと、それだけを示している。
何度、そう望んだだろうか。
「……父が、失脚したのか…」
呪縛の終わり。それは、父の影響力の消失を意味していた。
「クリストファー様」
扉越しに、エヴェリーナの声がする。
「フレルセルとお出掛けになると伺いました。わたくしもご一緒してよろしいかしら」
「ああ」
窓の外には、馬装を終えたフレルセルと、尾花栗毛の馬が繋がれている。
「見ない顔だな」
「あれは、わたくしの馬ですの。気性が荒く、何度も持ち主が変わりましたので引き取りました。あんなに大きいのに、今ではすっかり甘えん坊ですけれど」
(居場所がなかった馬か…)
「そうは見えないが。」
「馬も人も、いるべき場所に戻れば安らぎを知るものですわ」
クリストファーは視線を外し、手紙を手に取った。
「……エヴェリーナ、話がある。」
エヴェリーナはその手紙に目を通し、何も言わずに微笑んだ。
「あなたがどのような選択をなさっても、あなたはあなたですわ。わたくしは、いつでもあなたの帰る場所で在り続けるだけです。」
「俺の帰る場所……?」
「ええ。ですから、安心してお考えになればよろしいかと」
それだけ言って、彼女は部屋を出ていった。
クリストファーは、手紙を握りしめて溜息をついた。
(俺に、あの女の光を求める資格などない)
生きる選択。未来への道。どちらも彼にとってはまだ荊のままだった。
それでも——捨てることは、もうできなかった。
エヴェリーナとクリストファー。
そこに恋や愛があるかは分かりませんが、クリストファーにとっては大きな存在ではあるようです。




