サウサンプトン再びーパパ帰ってきたよ
晴海から回送運航となったクリスタニアは、まもなくサウサンプトンに入港しようとしていた。速度を落とし、回頭準備に入った頃、操船していたシンシアはわずかな違和感に気づく。
(出力バランスがおかしいわ……もう少しなのに)
その時、ブリッジに本社から通信が入った。
『クリスタニア、シードラゴン艦隊からだ。読み上げる。“貴船クルーを艦隊司令部のパーティーにご招待したい。詳しくは着岸後にお伝えする。”以上だ』
ブリッジに沈黙が落ち、全員の頭に疑問符が浮かぶ。
「なんかありましたっけ??ウォルシンガムとリヴァイアサンしか知らないっすけど。まだ戻ってなくないですか?」
三井が首を傾げる中、シンシアは機器から目を離さない。
「それでなのかしら……」
「シンシア、どうした?」
「スラスターの出力がおかしいのよ。ほら。」
フレデリクが大きな手に、白い猫とチューリップの可愛らしいカップを持ったまま耳を澄ませた瞬間、谷屋の表情が変わった。
「待て!何だこの音は!」
谷屋はブリッジを飛び出し、入れ替わるようにゴードン次長が入ってくる。
「右舷後方のスラスターに何か絡まってる。それと左舷一機の出力が不安定だ。回頭は出来るか?」
「出来なくはないけど、時間はかかるわ」
フレデリクは即座にタグを呼んだ。
「やれやれ。鯨じゃねぇのが救いだな。着岸したら潜るしかねぇ」
ゴードンは海を見たまま、小さく首を振るだけだった。
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サウサンプトンの埠頭では、リヒトとレイコが回頭を見守っていた。
「……おかしい。」
「ええ、変な音がするわ」
二人は同時にスラスター異常に気づく。近くの係員も顔を上げた。
「着岸後すぐ潜水点検だ。左舷と右舷後方、二機だな。どちらかに何か絡まってる。」
「キャプテーン。、今日は仕事しちゃダメじゃないですか?デートでしょ?」
軽口に、リヒトは視線を外さず答える。
「俺は社長からクリスタニアを預かってる。いつでも見てるさ」
遠くでDMCの係員が慌ただしく動いているのが見えた。
「そうだった。奴らはまだ知らないんだった。」
「俺たち、あちらと仲良く出来る気しませんけどね」
「安心しろ。俺もだ」
タグの補助でゆっくり回頭するクリスタニア。その姿は、ニューヨークで初めて見た時と同じ、近寄りがたい威圧感を放っていた。
(白馬か天使か……難しいな)
そう思った時、ふと隣を見るとレイコの顔色が真っ青になっていた。
「おい!どうした!」
「大丈夫……少し立ちくらみが……」
その瞬間。風が収まっていった。
(パパ!)
確かに声が聞こえた。だが周囲に子供はいない。
リヒトはハッとして、レイコの肩を掴んだ。
「レイコ、病院に行くぞ!」
「大丈夫よ……」
「いや——違う。天使が…戻ってきたんだ」
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その日、サウサンプトンは大騒ぎだった。紅海の英雄そして白薔薇と呼ばれるクリスタニアの入港と同時に、船長夫人の妊娠が判明し、シードラゴン艦隊は祝祭の空気に包まれる。
ただ漆黒の艦隊だけが、静まり返っていた。
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歓迎パーティーの会場では、ブリッジクルーたちが食事を楽しんでいた。
「シンシアさんの言った通りでしたねー」
「ほんまや。あの暴れ馬がパパ大好きとか想像できんわ」
三井と栗栖は肉を頬張りながら笑う。
フレデリクは腕を組んだまま呟いた。
「それより、スラスターに絡んでたのがDMCの社旗ってのがな……気味が悪い」
「起きたとしても、私たちには関係ないでしょ?」
シンシアはあっさりと言い切った。
次のデザートは何にするか、の方がよほど大事なことだからだ。
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その夜。
クリスタニアは月光を浴び、白く輝いていた。
対照的に、漆黒の艦隊は、光さえ届かない場所であるかのように、暗闇に包まれていた。




