拒絶ー忍び寄る番人
何とか目を覚ましたクリストファーでしたが、
これまで人に見られないようにしてきた内面を、ついに見せることに。
悪役ですが切ない事情もあります
さらに一週間ほどが過ぎた頃。
ようやくクリストファーは意識を取り戻した。
目を開けると、自分の手を握ったまま、エヴェリーナが傍らで眠っている。
(なぜ助けた。)
その手を振り解きたくても、動かすことも出来ない。
(俺にとっては……地獄でしかないのに)
救いこそが地獄だと、彼は知っていた。
「……クリストファー様?」
エヴェリーナが目を覚ます。
瞳に安堵の色が浮かぶ。
「良かった……誰か——」
呼ぼうとしたその瞬間、強く手を引かれた。
体勢を崩し、そのまま倒れ込む。
「なぜ助けた……」
掠れた声だったが、苛立ちは隠しようがなかった。
エヴェリーナはそのままの姿勢で答える。
「フレルセルが、あなたを探し、見つけました」
静かに落ち着いた声でエヴェリーナは続けた。
「それは神の御意志です。だから私は、あなたを助けた。それだけです」
「神の意思だと……」
乾いた笑いが漏れる。
「笑わせるな……」
エヴェリーナは目を閉じた。
「夢を見ておられたのでしょう?どんな夢かは分かりませんが……あなたの涙は、悪人のそれではありませんでした」
静かに言い切る。
「しばらく、お休みになってください。私のところで」
「……偽善者が」
吐き捨てるように言った。
その時、看護師が入ってきた。
「エヴェリーナ社長、ご様子は——」
言葉が止まる。
クリストファーに抱き寄せられたままの姿を見て、目を見開いた。
「まぁ……!すぐ先生をお呼びします」
エヴェリーナは、ゆっくりとその腕を外し、起き上がる。
ほどなくして医師が現れた。
「意識が戻られましたか」
脈を取り、聴診器を当てる。
「まだ衰弱は見られますが、危機は脱したようです。」
エヴェリーナは頷いた。
「しばらく、オスロの邸宅で療養させます。往診をお願いできますか」
「承知しました。固形物は難しいでしょうから、注意事項を後ほど」
その時だった。
「クリス!」
病室の扉が勢いよく開く。
駆け込んできたのは、クリストファーの母リディア夫人だ。
「クリス……無事で良かったわ。迎えに来たのよ」
息を切らしながら近づく。
だが——
クリストファーの視線は、冷たかった。
「……誰だ、貴様」
空気が凍りつく。
「クリス……?」
「幼い子供を置いて、夜な夜なパーティーに出ていた女が——」
ゆっくりと言葉を吐く。
「母親だと?…笑わせるな。…消えろ。今すぐに」
「クリス……」
「消えろ!!」
怒声が響く。
「二度と顔を見せるな!」
エヴェリーナが静かに割って入る。
「夫人、落ち着かれましたら連絡いたします。今はお引き取りを。…これ以上はお心を閉ざすだけです」
リディアは震えながら目を閉じた。
そして、やっとの様子で言葉を紡ぐ。
「クリス……私は、お父様を許さないわ」
ゆっくりと言い切る。
「あなたが戻ってくるまでに、すべて終わらせるつもりよ。一度も忘れたことはないわ。船を見て喜んでいた、あの頃のあなたを。」
それだけ言い残し、静かに病室を去っていった。
エヴェリーナは、その背を黙って見送った。
胸が痛んだ。
リディア夫人なりに、クリストファーを愛していたのは間違いない。
だが、彼が求めていたのは——
温もりだったのだろう。
「クリストファー様」
再び、彼の方を見て言った。
「あなたが帰る場所は、私のところです」
迷いはない。
「しばらく療養したら、ロフォーテンへ戻りましょう。フレルセルが待っていますわ。」
クリストファーは何も言わなかった。
内側を見透かされたことなど、ただの一度もないというのに。
この女は——
(俺には…生きる価値もない。それなのに……居場所があるとでも言うのか)
思考は絡まり、ほどけない。
身体も動かせない。
しばらくして病院を出ると、オスロの邸宅へと移された。
見慣れた景色に、過去の記憶が静かに浮かび上がる。
(……帰る場所は)
わずかに目を閉じる。
(ここしかないのか)
ー
その頃。
DMCの大株主たちのもとに、一通の文書が届いていた。
『社長の引責辞任を求める』
送り主は、キャピタル・ウォーデン。
そこに記された番人の名に、大株主たちは背筋が凍る思いだった。
エヴェリーナだけが見た、クリストファー親子の埋まらない溝。
リディア夫人が失意の中決意した夫への復讐とは。
引き続きお楽しみに。




