誰がためにー非情な父と北海の聖女
クリストファーが幼少期から望んでいたのは、両親の温かさのはずでした。
シンガポールからニュージーランドへ、記念航海に出港したAlluring。
その船長室では、ビクトリアが副長マクシミリアンと向き合っていた。
「キャプテン、このままでは我々は……」
マクシミリアンの言葉を、ビクトリアは鼻で笑って遮る。
「心配いらないわ。クリストファーがいなくなったからといって、揺らぐ我々ではなくてよ」
冷ややかな視線が向けられる。
「マックス、あなたはあたくしの部下。あたくしが信用できないとでも言うの?」
マクシミリアンは言葉を飲み込んだ。
(副社長と、あれほど……)
思い合っていたのではないのか——その疑問は、口に出すことはできなかった。
Alluringは、まるでビクトリアの苛立ちを映したかのように、大きく揺れていた。
⸻
その頃、ノルウェーの海岸。
エヴェリーナは、波間に浮かぶクリストファーの姿を見つけていた。
迷いはなかった。
冷たい海へと身を乗り出し、その服を掴み、強く引き寄せる。
「社長!そのまま陸へ!」
上空のヘリから声が飛ぶ。
エヴェリーナは無我夢中で、クリストファーの体をフレルセルの背へと引き上げた。
フレルセルは、全力で岸を目指す。
距離が近かったことだけが、唯一の救いだった。
「クリストファー様!しっかりなさって!」
波をかき分け、ようやく浜辺へ辿り着く。
ほぼ同時に、ヘリが降下してきた。
「社長!なんて無茶を……!」
「そんなことはどうでもいいわ!一番近い病院へ急いで!」
エヴェリーナはふらつきながらも、再び彼の側へ膝をつく。
「ダメよ……クリストファー様……」
その時、わずかに。
クリストファーの瞼が開いた。
「……お母様……」
かすれた声。
そして、そのまま意識を失う。
エヴェリーナは言葉を失った。
「……誰が……」
震える声が漏れる。
「誰がクリストファー様を、これほどまでに壊したというの……!」
背後から社員たちの声が響く。
フレルセルを回収するための大型トラックも到着していた。
「社長!その顔は……フレルセルはこちらで連れて帰ります!すぐにオスロの病院へ!」
クリストファーは担架に乗せられ、運び出される。
エヴェリーナもまた、毛布に包まれながらヘリへと乗せられた。
全身が冷え切り、震えが止まらない。
それでも、彼女は呟く。
「……クリストファー様を、何としても助けるのよ……」
その言葉を最後に、彼女も意識を失った。
⸻
同じ頃。
ロンドン、DMCホールディングス本社。
行方の知れないクリストファーを探し出せと、社長夫人の命が飛んでいた。
「どこにいるの……クリス……」
憔悴しきった声。
その隣で——
ヴェガルドは、まるで別の世界にいるかのように冷静だった。
「いい機会だ。不採算な子会社は切り離せ」
「しかし……副社長は……」
「貴様」
低い声が突き刺さる。
「我が社の存亡の危機に、役にも立たん息子の心配をしろというのか?」
秘書は息を詰め、目を閉じる。
「……仰せのままに」
誰も逆らうことはできなかった。
⸻
冷たい北海と、
無慈悲な父。
クリストファーが求めていたのは、果たしてなんだったのか。
それはもはや、彼にしか分からない。
クリストファーが歪みに歪んだ理由。
それはあまりにも残酷な父の存在でした。




