誘惑と崩壊 — 白薔薇の罠
レイコの戦略は目を見張るものがあります。
レジェンディア以降の小悪魔ぶりがパワーアップしているような…
パーティー会場を出たレイコは、デッキへは向かわず、そのままソブリンへ戻った。元のドレスに着替えるためである。
驚異的な速さで支度を整えたスタイリストたちは、周囲にDMC関係者がいないことを確認し、護衛たちへ軽くウィンクを送った。
「作戦どおりに……ですよ」
その頃、Alluringでは。
「あの女、どこへ行った……」
クリストファーは平静な顔のまま、レイコの姿を探していた。あれほど目立つドレスだ。見失うはずがない。
ざわめきが遠のいた、その瞬間だった。
いた。
始まりと同じ黒いドレスで、海を見つめながら手摺りに寄りかかっている。
空になったグラスを手にした男が、その場を離れていく。レイコは疲れたように視線を落としていた。
クリストファーはゆっくりと目を細める。
「レディ、酔っておられるのですか?」
完璧な微笑みで声をかける。
レイコは振り向かない。
「えぇ……だって夫が社交に忙しくて、側にいないんですもの。飲むくらいしかありませんわ」
「キャプテンともなれば、仕方ありません」
その“キャプテン”は、見える位置にいた。
(クリストファーめ……)
リヒトのこめかみに血管が浮く。
レイコは伏し目がちに続ける。
「気後れしてしまいますわ。早く帰りたいと思うくらい……」
「では——帰りたくないと思っていただければいい」
クリストファーは背後に回る。
距離が、近い。
「夫人のような美しい才媛を、私ならこんなところで一人にはしませんよ……」
耳元にかかる息。ショールに触れ、肩へと滑る指。
(クソったれが……!!)
リヒトの視線が鋭くなる。
同じ頃、ようやくホールに辿り着いた秘書は、平静を装いながらヴェガルドに耳打ちした。
「確かなのか!?」
「間違いありません。コラールをはじめ五社の議決権がキャピタル・ウォーデンに。五社ともにウォーデンの意向に従うと……それに、こちらをご覧ください。」
秘書はタブレットの画面を見せる。そこには13.2ドルの表示。
「ウォーデンとの交渉はどうなっている!」
「この会場に取締役のフリートヘルム氏がおられます。おそらく……すべて仕組まれたのではないかと……」
「我が旗艦のパーティーの日を狙ったのか……」
「フリートヘルム氏は、なかなかパーティーの招待に応じない方でしたので、珍しいと思っていたのですが……」
ヴェガルドははっとして問い詰める。
「BMMの動きは……」
その時、別の秘書が駆け寄った。
「し、社長!ゲストにウォーデンの買収を気づかれたようです!退席者が相次いでいます!」
ヴェガルドは憤怒の表情を浮かべる。
「息子は……クリストファーはどこだ……今すぐ連れてこい!」
秘書たちは走り出した。
ホールにはいない。通路にもいない。
(まさか……またなのか……)
数年前の記憶がよぎる。
秘書たちはデッキへ駆け込んだ。
いた。
よりにもよって、ソブリン船長夫人と。
距離は、限りなく近い。
秘書は迷わず踏み込む。
「副社長!!」
「何だ?無粋だな」
「……我が社がこれほどの危機に晒されたのは…あなたのせいです!社長がお呼びです。今すぐに……!」
ただならぬ気配に、クリストファーは即座に距離を取った。
レイコは、ぐったりと手摺りにもたれかかる。
「レイコ!!」
リヒトが駆け寄る。
周囲の視線が一斉に集まった。
レイコは小さく囁く。
「大丈夫よ、バッチリ視線集めたわ」
「どれほど肝を冷やしたと思う!」
リヒトも小声で言う。
「まだまだ、もう少し付き合って」
再び小悪魔のように微笑み、もたれかかる。
「レイコ、どれほど飲んだんだ?おい、来てくれ!」
リヒトが声を上げる。
現れたのは、ロイヤルネイビーの制服。
その瞬間——
誰もが理解した。
クリストファーが手を伸ばしかけた相手が、何者であったのかを。
その場にいた全員の顔から、一斉に血の気が引いた。
どれほどのことをクリストファーがやらかしたのか。
それを印象づけるには、完璧な戦略です。
そして、魔王クリストファーが、DMCが崩壊します




