錯綜の陰でーキャプテンの戦術
ファーストダンスが終わり、完璧なポジションが決まる。
ヴィクトリアはゆっくりとクリストファーへ顔を向け、冷たい笑みを浮かべた。
そして次の組となる彼へ、わざと深くカーテシーを落とす。
(副社長——意味は、お分かりになったようですわね。)
空気が、わずかに軋む。
エヴェリーナは、その変化を感じ取っていた。
「クリストファー様、今は何も考えないでください。」
そっと手を差し出す。
「あなたの心は、私しか分からないのですから。」
クリストファーは黙ってその手を取った。
——静かな旋律が流れ始める。
ノクターン。
その音を聞いた瞬間、リヒトはレイコを見た。
「大丈夫か?」
「えぇ……少し緊張したのかもしれないわ。ソブリンに戻って休むわね。」
そのやり取りを、クリストファーは視界の端で捉えていた。
(無防備な女だ。)
エヴェリーナは、静かに口を開く。
「このネックレス、覚えていらっしゃいますか?」
視線を落とすと、彼女の胸元で、翼を模したダイヤモンドが淡く光っている。
「着けてくれて、嬉しいですよ。」
——その声音が、あまりにも自然だった。
ターンのたびに、プラチナブロンドの髪が光を掬い、
ネックレスは虹のように輝く。
(……この女だけは、変わらないんだな)
その一瞬、クリストファーの口元がわずかに緩む。
——本人ですら、気づかないほどに。
ヴェガルドは目を細めた。
(やはりな……)
隣でリディアは、そっと口元を押さえる。
息子の穏やかな表情を、どれほど久しく見ていなかったか。
それを奪ったのが誰か——分かっているからこそ、涙を飲み込む。
⸻
その頃、ソブリンでは——
入口に最も近い区画で、レイコの着替えが進められていた。
無駄のない手つきで、ドレスが整えられていく。
「少し締めます」
背の紐が一気に引かれる。
同時に、髪へ白薔薇が挿された。
「白薔薇は、我が社の印ですからね!」
レイコは何も言わず、仕上がりを確認する。
金のドレス、シルクのシューズ——すべてが整う。
軽く一歩。問題ない。
「お待たせいたしました」
扉を開けると、ローズとエディがいた。
「行きましょう」
エディが手を差し出す。
「急ぎましょう。」
ローズが短く促す。
レイコは頷き、そのまま歩き出した。
⸻
社長夫妻のダンスが、静かに終わる。
洗練されたワルツに、会場はため息と拍手に包まれた。
ステージ端でそれを見ていたヴィクトリアは、レイコの不在に気づく。
「……その程度ね。」
だが——
拍手の余韻の中、レイコは静かにリヒトの隣へ戻っていた。
「間に合ったわ」
「こちらも整っている。Mazrukaだ。主席命令だ。必ず勝つ。」
リヒトはわずかに笑い、手を差し出す。
レイコもまた、小さく笑みを返し、その手を取った。
そして光が、二人に落ちた。




