北の大地でー魔王と名馬
悪逆非道なクリストファーが、束の間純粋さを覗かせます
時は少し遡る。
ノルウェー、ロフォーテン諸島。
業界的にクルーズシーズンが落ち着いたとはいえ、亡き両親からPreceptクルーズを引き継いだばかりのエヴェリーナは、慣れない仕事に毎日ヘトヘトになっていた。
そんなある日。
業務提携先であるDMCのヴェガルド社長から、
『君のご両親が取り組んできた福祉関連の取り組みを、我が社でも取り入れたいと思う。ついては、息子クリストファーを半年ほど行かせたいのだが。』
と打診が届く。
社員たちは口を揃えて反対した。
「あの魔王がおとなしく視察する訳がありません!」
「そうですよ!社長の身になにかあったらどうするんですか!!」
エヴェリーナは少し考えてから、穏やかに口を開いた。
「そんなに心配なら、こういうのはどうかしら」
彼女が提案したのは、両親が所有していた一頭の馬と会わせることだった。
フレルセル。
人に懐くことはほとんどなく、両親亡き後は人を乗せることを拒み続けていた。それでも子供たちの良い遊び相手であり、とても賢い馬だ。
「なぜフレルセルを?」
「どんな子でも、フレルセルには心を開いてきたでしょ?もしクリストファー様が本当に魔王なら、フレルセルは必ず拒むわ。それで決めようと思うの」
エヴェリーナは微笑みながら、ヴェガルドへの返信に了承を打った。
社員たちは顔を見合わせ、やがて納得し、受け入れの準備を始めた。
⸻
それから半月後。
DMCの後継者クリストファーが、ロフォーテンに現れる。
「しばらくの間、世話になります、レディ」
差し出された手と、穏やかな微笑み。
“魔王”と呼ばれている人物とは思えない落ち着きだった。
「ご不便なこともあるかもしれませんが、休暇も兼ねて滞在をお楽しみいただければ幸いですわ」
エヴェリーナはそう言って、彼を厩舎へ案内する。
そこには、一頭の葦毛の馬がいた。
「この馬はフレルセルと言いますの。子供たちの良き遊び相手ですわ。なかなか乗り手も決まらなくて。運動のために私も乗るのですが、この子には物足りないようで……」
クリストファーはフレルセルをじっと見つめる。
フレルセルもまた耳を向け、ゆっくりと鼻面を差し出した。
側にいた社員たちは、思わず息を呑む。
フレルセルは、きっとクリストファーを噛むに違いない。
そうなればDMCに何と言われるか……。
だが、
社員たちの不安をよそに、フレルセルはクリストファーに顔を擦り寄せた。
クリストファーは静かに、その首筋を撫でる。
「まぁ!クリストファー様は馬の扱いに慣れていらっしゃるのね。フレルセルは人に慣れる馬ではありませんのよ」
彼は口元をわずかに緩め、エヴェリーナに問いかける。
「乗ってみても?」
「もちろんですわ、馬装を調えてちょうだい。」
少しして引き出されたフレルセルは、堂々とした体格をしていた。
クリストファーはスーツ姿のまま跨る。
慣れた手つきで手綱を取り、厩務員に案内されながら馬場へ進む。
しばらく並足で動かした後、軽く合図を送ると、
フレルセルはそれに応え、障害へ向かう。
跳躍。
美しく、無駄のない軌道。
着地もまた滑らかだった。
ヘルメットも被らず、スーツのまま駆ける姿は、まるで映画の一場面のようだった。
⸻
その様子を遠くで見ていた子供たちが、わらわらと駆け寄ってくる。
「見て!あのお兄ちゃん、フレルセルに乗ってる!!」
「すごいよ!カッコいいね!」
子供たちは目を輝かせ、その姿を見つめていた。
クリストファーは、馬上でフレルセルの首を撫でながら呟く。
「俺のように罪深い人間でも、お前のように心を開く者もいるんだな」
⸻
それを見ていたエヴェリーナは、静かに思う。
(あの方は……心に深い傷があるのだわ……)
こうして、クリストファーのノルウェーでの短い日々が始まった。
クリストファーは、なぜここまで歪んだのか。
エヴェリーナは、クリストファーの何を見抜いたのでしょうか。
引き続きお楽しみください。




