魔王の純心ーマダムの苦悩
少しずつ明かされるクリストファーの過去。
クリストファー崩壊はすぐそこです。
船内パーティーから一夜明けた、ソブリン。
ブリッジでは、リヒトが日向キャプテンに代わって指揮を取っていた。
海は穏やかだったが、船内にはまだ昨夜の余韻が残っている。
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午後の茶会の会場となる小サロンでは、レイコが宝石商のマダム・デルフィーヌとともに準備を進めていた。
テーブルに花を整えながら、レイコは静かに言う。
「先日いただいた絵ですけれど……クリスタニアの船長室に飾ることにしましたの。」
マダムは柔らかく微笑んだ。
「お父様の代わりに天使が船長だなんて……素敵ですわね」
その言葉に、レイコはわずかに目を伏せる。
「えぇ……そう思います」
一瞬の静けさ。
マダムの表情が、ふと曇る。
「あの方も……そうであれば良かったのかもしれません」
「……あの方?」
レイコが問い返す。
マダムは静かに続けた。
「DMCのクリストファー副社長のことですわ」
言葉を選ぶように、ゆっくりと。
「ヴェガルド社長の奥様、リディア夫人は社交が忙しくて……幼い副社長をナニーに預け、家を空けることが多かったそうです」
花の香りが、わずかに揺れる。
「優しい方ではあると思いますわ。でも……今の副社長を見ておりますと、やはりご両親の愛情に飢えていたのではないかと……」
レイコは手を止めずに、ただ黙って聞いていた。
マダムは続ける。
「それに、Preceptのエヴェリーナ社長が就任して間もなく、福祉事業の視察でノルウェーに派遣された副社長は……」
一拍。
「馬術の腕もよくて、施設の子どもたちにとても人気だったと聞いております。」
その声には、かすかな戸惑いが混じる。
「そう聞きますと……あの悪辣な評判も、幼い頃の傷が深すぎるせいではないかと……胸が痛みますのよ」
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そして、ゆっくりと。
「もしウォーデンのTOBが完了したら……副社長は、この世に居場所を失うのではないかしら」
静かな声だった。
「本当はお父上に、褒めてもらいたかったのでしょうね……何としても成果をあげて……」
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レイコは言葉を失う。
幼い頃の話を聞けば、彼がしてきた行いの理由として成立はする。
それでも、許されることではない。
「マダム」
レイコは静かに言った。
「これから何が起きたとしても……副社長が救われるか否かは、神のみぞ知る、ですわ」
マダムに向き直り、その手をそっと取る。
「私たちが手を差し伸べることは出来ませんもの」
優しく、しかし揺るがずに。
「神がお許しになるなら、いつか救いの手が訪れるはずです」
その言葉に、マダムは再び微笑んだ。
「レイコ様は……どんな時でも見極めようとなさいますのね」
やわらかな声。
「亡きヴァルナー夫人も、きっと安心なさるでしょう」
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やがて、茶会の時間が訪れる。
レイコは船長夫人として、優雅に微笑んでいた。
その表情は穏やかで——
何一つ、内側を見せてはいなかった。
愛に飢えたクリストファー。
取り戻せるのか、それとも魔王のままで終わるのか、引き続きお楽しみに。




