船長夫婦の戦いー帝国の綻び
大帝国に綻びが見え始めます。
クリスタニアの過去編で、クリストファーの悪逆ぶりがお読みいただけます。
ローズとエディがレイコの部屋を去って、しばらくしてから。
リヒトが訪れた。
「忙しいのに来てもらってごめんなさい。話しておきたいことがあるの」
レイコは真剣な顔で言う。
「どうしたんだ?」
「富士崎社長が、あちらの副社長の毒牙にかかったことがあると聞いたわ」
一瞬、空気が張り詰める。
「誰から聞いた!」
リヒトはレイコの肩を掴み、思わず声を荒げた。
「落ち着いてちょうだい」
レイコは動じない。
「ローズお姉様とご友人が、当時その会場にいたそうよ。副社長が、富士崎社長がいたはずのテラスから出てきたのも見ていたわ」
リヒトは手を離し、窓際へ歩く。
「……それがDMCであり、クリストファーだ。俺がいた場所だ」
「あなた、知っていたの?」
「クリスタニアがブルーリッジサガと呼ばれていた頃、俺と日向キャプテンはクリスタニアを迎えに行った。その帰りに、DMCの“prisoner”と反航した時、日向キャプテンの様子がおかしかった。だから聞いたんだ。何故そこまでDMCを憎むのかと」
リヒトは、あの夜の出来事を日向キャプテンから聞いたことを打ち明けた。
「だが……それと君は関係ないはずだ」
静かに、しかし苛立ちを含んだ声。
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「関係ないわけないでしょう?」
レイコは一歩も引かない。
「あなたがDMCからBMMに来た後にそれを聞いたら、あなたのことだもの、悩んだはずよ。その原因になった存在を、私は許せないの。だから、今度のパーティーで考えがあるの」
「余計なことはするな。危険だ」
「安心して」
レイコは淡々と続ける。
「今、DMCの株はレッドラインぎりぎりの13ドルよ。おかしいと思っていたわ。この落ち方は何かあると。キャピタル・ウォーデンが、DMC子会社を買収しているの。私たちがシンガポールに着く頃には、TOBは完了するはずよ」
レイコは続ける。
「今回ゲストでいらしたフリートヘルム氏は、その当事者なの。あなたの苦しみは終わるわ」
そっと、リヒトの手を取る。
「私、夫の苦しみを取り除くくらいの器量はあるのよ」
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「頼む。危険なことはしないでくれ。俺は……日向キャプテンのようにはなれない……」
その言葉に、レイコは優しく微笑む。
「私、当日酔ったふりをするわ。そしたら、あなたは私に合わせてちょうだい。ヴァルナー大将令息としてね。それだけよ」
背中に手を添え、ゆっくりと撫でる。
「……大将の息子としていればいいのか? 本当だな? 君は酔うと大変なんだぞ」
レイコは小さく頷く。
「さて、パーティーの支度をしないと。後で会いましょう」
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その頃、シンガポール。
DMCの貴賓室では、社長ヴェガルドが息子クリストファーと向き合っていた。
「今回のパーティーでは、ラフィアンとファーストダンスをする予定だったな」
「そうです。ラフィアンは我が社の艦隊の女王。相手は私以外いないでしょう」
ヴェガルドは静かに告げる。
「ラフィアンのパートナーは、一等航海士で副長のマクシミリアンに務めさせる。お前の相手はエヴェリーナだ」
「……何故です?!」
クリストファーの声が揺れる。
「エヴェリーナを招待していたのですか? 何故ラフィアンのパートナーが一等航海士なのです!」
ヴェガルドの声は冷たく落ちた。
「貴様、私が何も知らないと思っているのか?」
空気が凍る。
「我が社の株価が下落しているのは、貴様の素行の悪さだろう。コーラルラインだけではない。BMMにも手を出したことがあるな? 覚えがないとは言わせん」
言葉が突き刺さる。
「株主たちが貴様に嫌悪感を持っているのだ。そんな人間にファーストダンスなど任せられるか。愚か者が」
「……では何故エヴェリーナを……」
「貴様の悪評を和らげ、この事態を中和できるのはPreceptのエヴェリーナしかおらんのだ」
淡々と告げる。
「お前が入れ込んだ女を呼んでやったのだ。この父に感謝するんだな」
クリストファーの肩が震える。
返事は、かろうじて絞り出されたものだった。
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残されたクリストファーは動けない。
ファーストダンスを外された屈辱。
一等航海士に奪われた現実。
エヴェリーナがいなければ立ち行かない状況。
そのすべてが、一気に押し寄せる。
その時初めて、クリストファーは“恐れ”という感情を知った。
「……ありえない。俺が、どんな思いで積み上げてきたと思ってる……」
シンガポールの夜は、全てを覆い隠すように煌びやかだった。
クリストファーが徐々に崩壊していきます。
果たして救いはあるのでしょうか




