皇帝出港—女王たちの茶会
出港の汽笛が鳴る。
低く、重い音が港に響いた。
ソブリンのブリッジでは、日向キャプテンが指揮を取っている。
「各員、出港配置。ブリッジ、前進用意」
「前進用意、よし」
「タグボート、押しは最小。流れを殺せ」
「了解、最小推力で保持」
汽笛が、三度。
ソブリンは、静かに岸壁を離れていく。
巨大な船体が、わずかな慣性だけを残して滑り出す。
——白の皇帝が、動き出した。
その姿を、富士崎社長はオフィスの窓から見つめていた。
「……もう少しね」
小さく呟く。
「さぁ、クリスタニアも行かせましょう」
⸻
ソブリン出港の三十分後。
クリスタニアもまた、サウサンプトンへ向けて動き出した。
ブリッジで、シンシアがぽつりと呟く。
「さっき、スラスター使った時……違和感、感じなかった?」
ごく僅かな差。
気のせいと流せる程度のズレ。
それでも——反応が、わずかに鈍い。
同じ頃、機関側でもゴードンが眉をひそめていた。
「……おかしいな。スラスターが弱い」
若手エンジニアがブリッジへ確認に向かう。
「些細なことよ。でも、今までより反応が鈍い気がするわ」
シンシアは淡々と続ける。
「引き続き確認を続けると、ゴードン次長に伝えて」
大事にはしない。
だが——見逃さない。
クリスタニアは、そのまま静かに離岸していった。
⸻
一方、ソブリンブリッジ。
日向キャプテンは、その推進力にわずかに目を細めていた。
想定以上に——力強い。
リヒトもまた、クリスタニアとはまるで違う重厚な手応えに、自然と背筋を伸ばす。
「この船は、やはり日向キャプテンの船ですね。自分では、とても扱いきれません」
日向はわずかに口元を緩めた。
「ソブリンは基本設定が重い。その分、荒天では反応が早くなる」
一拍。
「扱う側に、覚悟を要求する船だ」
(……本人そっくりだな)
リヒトは心の中で呟いた。
⸻
同じ頃、レイコの部屋。
ローズとエディが、静かに向かい合っていた。
「……つまり、副社長の行動が目に余るようになったから、キャピタル・ウォーデンが子会社の買収を進めていたということね?」
レイコの問いに、ローズは頷く。
「そういうことよ。BMMがどうこうではないの」
静かに言う。
「番人が動いたということは——秩序と均衡が崩れかけているということ」
「パーティーで、フリートヘルムさんはどう動くかしら……」
「彼は動かないわ」
きっぱりと断言する。
「ただ、ウォーデンはこのタイミングを狙っているはずよ」
その表情は、もはや“姉”ではない。
——戦う者の顔だった。
「ソブリンがシンガポールに着く頃には、レッドラインを超えると思うわ」
⸻
レイコは少し考え、静かに口を開く。
「お姉様、BMMの株主の皆さんも、副社長の行動は許しがたいと仰っていたわ。富士崎社長も、犠牲になったことがあるとか……」
「……事実よ」
ローズは紅茶に口をつけながら続けた。
「私もあの場にいたわ」
淡々と。
「桜さんが酒に酔ったと言ってBMM関係者が部屋に連れて行ったけど……どう見ても、何かあった後だった」
一瞬、沈黙が落ちる。
「副社長が直前に彼女の元へ行ったのも、私も一緒にいた方々も見ていたわ」
静かな怒りが、そこにあった。
⸻
「レイコ。あなたも危なかったのよ」
ローズの声が低くなる。
「いい?シンガポールでは、リヒトさんの側を離れてはダメ」
その言葉に、レイコはふっと笑った。
——小悪魔のように。
「お姉様、私、ハワード提督令嬢よ」
一歩も引かない声音。
「任せて。考えがあるの」
ローズとエディは、顔を見合わせた。
そして——理解する。
レイコは、すでに動いている。
株主として。
そして、船長夫人として。
ひとつの“仕掛け”を。




