白薔薇の後で—現れた帝国包囲網
いよいよソブリン出港です
翌日——いよいよ出港時刻が迫る。
ソブリンでは、リヒトたちが慌ただしくスタンバイを進めていた。
その合間を縫うように、レイコはクリスタニアへ向かう。
白薔薇と天使の絵を差し出し、
「船長室に飾っておいてほしいの」
静かに、シンシアに託した。
シンシアはその絵を見て——すべてを悟る。
(あぁ……そういうことだったのね……)
胸の奥で、わずかに息を呑む。
(辛かったでしょうに)
「……分かりました」
それだけを返し、静かに絵を受け取った。
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レイコはクリスタニアに、しばしの別れを告げる。
そして——戦場となるソブリンへと乗り込んだ。
用意されたVVIPの一室は、クリスタニアとは比べ物にならないほど豪華だった。
だが、レイコはそれに目を奪われることはない。
静かに、机の上の書類へと視線を落とす。
乗船ゲストのリスト。
そこに——姉、ローズの名前。
さらに、宝石商のマダム。
そして。
キャピタル・ウォーデン取締役、
ベルンハルト・フォン・フリートヘルム。
(ウォーデン……)
わずかに目を細める。
(このところのDMC株急落に、関係しているのかしら……)
思考はすでに、戦場のそれだった。
レイコは静かに封筒を取り出す。
——茶会の準備を始めるために。
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「ロバート」
「お姉様、お呼びですか?」
「ローズお姉様はエディと乗るのよね? お姉様とお茶したいの。今夜はパーティーがあるから、その前はどうかお聞きしてくれる?」
封筒を差し出す。
「それから、株主の皆さんに明日の午後お茶会のお誘いをお願い。お招きしたい方のリストよ」
フォックスは一瞥し、静かに頷く。
「パーティーまで時間はございます。先にお部屋へお招きしては?」
「そうね、それでお願い」
短く指示を終えると、レイコはロビーへと向かった。
⸻
やがて、ゲストの乗船が始まる。
タラップの先で、リヒトと並び出迎える。
「おぉ!ヴァルナー航海士!いや、今は船長になられたのでしたな!」
「レジェンディアでのロマンスが、紅海での英雄譚になるとは!」
「恐れ入ります。ごゆっくりお過ごしください」
リヒトは、船長としての顔で応じる。
その立ち居振る舞いには、もはや迷いはない。
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そこに。
深い金色の髪を持つ、上品な女性がエディを伴って現れる。
「お姉様!!」
「レイコ!心配してたのよ!元気そうで良かったわ!」
「初めまして、ローズお姉様。レイコの夫、リヒトです」
「ごきげんよう。姉のローズです」
優雅に微笑む。
「やっとゆっくりお会いできましたわ、プロイセンの騎士様」
ただ者ではない——そう感じさせる気配。
「お姉様、このあと私の部屋に来てちょうだい。後でロバートを迎えに行かせるから」
小さく告げる。
ローズはわずかに頷き、リヒトと視線を合わせた。
「シンガポールでこの船に手出しはさせないから、安心して」
声は穏やかだが——内容は鋭い。
「日向キャプテンにもそう伝えてちょうだい。詳しくは後で話すわ」
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その少し後。
白髪混じりの精悍な男が、タラップを上がってくる。
「あれは……」
一瞬だけ、レイコの表情が変わる。
だが、次の瞬間には完璧な笑顔に戻っていた。
「ごきげんよう、ヘア・フリートヘルム」
「ごきげんよう、レディ・オーガスティア。この度はご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます。わたくしの夫が、本日船長を務めますの」
「ヘア・フリートヘルム、初めまして。船長のリヒト・ヴァルナー・ハワードです」
「ヴァルナー?我が国の上級大将のご子息かな?」
「父をご存知とは光栄です」
「父君をドイツで知らない人間はいませんよ。まさか、オーガスティア嬢の夫君になられたとは」
「祖国の方にご乗船いただけて光栄です。ごゆっくりお寛ぎください」
フリートヘルムは、にこやかに微笑みながら船室に向かった。
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全員の乗船を確認し終えると
レイコは、静かにリヒトへと告げた。
「手が空いたら、部屋に来て」
その声音は、穏やかだった。
だが——
その表情は、かつてレジェンディアで見せた
“投資家”の顔だった。
レイコにとっての戦場。
それはリヒトには苦しいものになるかもしれません。




