幻影 — そこにいるはずのない船
海の上では、すべてが目に見えるとは限らない。
位置も、記録も、事実さえも。
それでも船は進む。
何を信じるかを、選びながら。
本社、タンカー部門。
一つの報道が、画面に表示された。
「……BMMの超大型タンカーDreamlandがホルムズを通過し、ムンバイに到着……?」
「……は?」
担当者はすぐに運航管理へ回す。
「Dreamland、確認して」
「……はい?」
キーボードの音が静かに響く。
数秒の沈黙。
「……いや、ペルシャ湾にいますけど」
「位置データは?」
「うちの管理システム上もペルシャ湾です。通信も正常。途絶えた様子はありません」
画面を見比べる。
確かに、そこにいる。
だが同時に、ムンバイ到着の報道も出ている。
「……ムンバイに“いることになってる”な」
誰も、すぐには言葉を続けなかった。
「本社コメント出しましょう。“そのような事実は確認されていない”で」
「誰がそんなこと言ったんだ、ほんとに」
「今は全部、疑ってかかれってことだな」
小さく、ため息が漏れる。
⸻
同じ頃、クリスタニアのブリッジ。
「……本社コメント出ましたね」
栗栖が短く伝える。
「“そのような事実はない”」
三井がモニターを見たまま呟く。
「……なんか、気味悪くないっすか?」
フレデリクが目を細める。
「Dreamland……夢の中か」
わずかに間を置く。
「いっそ、ファントムに改名するべきだな」
誰も笑わない。
栗栖が低く言う。
「通信の乗っ取りは考えにくい……となると」
言葉を切る。
「……データがどこかで書き換えられたとしか思えん」
「ジュン」
一等航海士シンシアの声だ。
「滅多なことを言うものじゃないわ」
「でも、おかしいやろ」
栗栖は視線を外さない。
「本社が24時間見とるのに、なんでムンバイにおることになってるんや」
沈黙。
誰も否定しない。
⸻
「……他も見てみます」
栗栖が操作を続ける。
別の追跡サイトを開く。
数秒。
「……ん?おかしいで、これ」
「何がだ」
「……これ」
画面を拡大する。
そこに表示されていたのは、ひとつの船名だった。
「……Revenant?」
谷屋が低く呟く。
「動いてるはずがないぞ。もう存在しないんだから。」
除籍されたはずの船。
それが——
確かに表示されていた。
ホルムズを通過した航跡として。
「……あり得ない」
「複数サイトで同じ表示や」
栗栖の声が、わずかに低くなる。
空気が変わる。
「……冗談じゃないな」
フレデリクの声が落ちる。
三井が息を呑む。
「……なんすか、これ」
誰も答えない。
ブリッジに、冷たい静けさが落ちた。
背筋に、じわりとした感覚が走る。
それは、恐怖に近いものだった。
⸻
ペルシャ湾。
三千を超える商船が、静かに動いている。
それが現実なのか。
それとも——
誰も、確信できなかった。
そこにいるはずのないものが、表示されることがある。
それが誤りなのか、
それとも——
まだ、分からない。




