白の皇帝ーすべてはシンガポールへ
DMCに勝つために、レイコは知恵を絞ります。
それから一週間ほどして、ソブリンが晴海に姿を現した。
白く、虹色に輝く船体は、まるで雪のようだった。
船首にはBMMのエンブレム。
王冠を思わせる金色の繊細なラインが、優雅に走っている。
晴海で、レジェンディアとクリスタニアを従えて係留されるその姿は——
王を飛び越え、
まるで皇帝のようだった。
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日向キャプテンはオフィスの窓辺から、その姿を満足げに眺めている。
「どうかしら?あなたにもっとも相応しい船だと思うわ」
富士崎社長の声に、日向はわずかに口元を緩めた。
「素晴らしい贈り物だ」
静かに言う。
「この船で、君に勝利を捧げると約束しよう」
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埠頭では、次席船長となったリヒトが、レイコとともに船内を確認していた。
ロビーに足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑む。
深紅のカーペット。
金色の調度。
磨き上げられた木目に走る、繊細な装飾。
まるで宮殿のような空間だった。
中央には、専属奏者のためなのか、豪華なグランドハープが静かに佇んでいる。
「レジェンディアの三倍は豪華ね。あなたが次席で良かったわ」
レイコが楽しげに言う。
「俺はクリスタニアでいい。この船は日向キャプテンしか似合わないさ」
「そう?レジェンディアでは王子様みたいだったし、このフロアであなたが踊れば——」
くすりと笑う。
「ソブリンは間違いなくNo.1になれるわよ」
リヒトは小さく息をついた。
「バカを言うなと言いたいが……」
一拍。
「この船のパーティーでは、ファーストダンスは船長夫妻と決まっている。それも決めなければならないな」
レイコは楽しそうに目を細める。
「ねぇ、ポルカは踊れるかしら?」
「BMMクルーズはイギリスが本社でしょ?それならマズルカはどう?」
軽やかに続ける。
「ボールダンスはありきたりだもの。バロックダンスはできる人が少ないのよ。私もエディも踊れるから、今から教えてもらえば間に合うわ」
「宮廷舞踊か……悪くないな」
リヒトは頷く。
「だが、ドレスは専用のものにするんだろうな」
「もちろんよ。提督令嬢で、上級大将令息夫人に相応しいものにするつもり」
少しだけいたずらっぽく笑う。
「あとで選ぶの、手伝ってくれる?」
「責任重大だな」
「よし、船内も確認できたし、あとは準備ね」
⸻
ソブリンの出港準備が慌ただしく進む頃。
イギリス、ハワード邸では——
レイコの両親、エヴァンスとキョウコが訪れていた。
庭ではドーベルマンのノアとシェパードたちが、楽しげに駆け回っている。
「姉さん、しばらくノアを頼むよ」
「大丈夫よ。ノアもすっかり立派になったわねぇ。うちの人にスカウトされそうだわ」
軽く笑い合う。
エヴァンスは、ふと思い出したように言った。
「それはそうと、レイコの旦那はどんな奴なんだ?兄さんがずいぶん気に入ったらしいが」
「私もまだ会ったことはないけれど、とても洒落た方だそうよ」
キョウコは穏やかに微笑む。
「ドイツのヴァルナー大将のご子息で、セレモニーで公開プロポーズをしたんですって。王子様みたいだったって、艦隊の子たちが騒いでいたわ」
「それは早く会わねばならんな!」
エヴァンスは勢いよく立ち上がる。
キョウコがくすくす笑った。
「この人、早く会いたくてシンガポールで待ち構えるつもりなんですよ」
「まあ!それでノアを預けるのね」
姉は楽しそうに笑いながら言う。
「レイコのご主人に、よろしく伝えてちょうだい」
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ソブリン出港まで、あと十日。
舞台は、静かに——
しかし確実に整えられていく。
Mazrukaはポーランド発祥のポルカ。
19世紀のヨーロッパで流行し、舞踏会では定番になったと言われているものです。




