ヴェガルドの一手—動き出す盤上—
稀代の悪役クリストファーに救いの手は差し伸べられるでしょうか
オスロの街の一角。
アール・ヌーヴォー様式の静かなオフィスで、
Preceptクルーズ社長エヴェリーナ・フジェールは、
DMC社長ヴェガルドの秘書と、応接室で向き合っていた。
差し出された手紙には、端的な筆致でこう記されている。
――我が社の旗艦が、間もなく五周年を迎える。各国の船会社が集まる場になるだろう。よい勉強になるはずだ。君も参加してみてはどうだ?
エヴェリーナは、わずかに目を伏せた。
秘書が静かに続ける。
「こちらがパーティーの招待状でございます。それから航空機のチケット、ホテルの手配もこちらで行いますので……社長のお返事を伺うようにと」
エヴェリーナは一瞬だけ沈黙し、すぐに微笑んだ。
その意図を、すでに理解している顔だった。
「いつもご教示、感謝しているとお伝えください。ありがたく、出席させていただきます」
その微笑みに、秘書はわずかに言葉を失う。
そして、躊躇いながらも口を開いた。
「……これは、私からのお願いです」
声が低くなる。
「他社の社長に申し上げるべきではありませんが、このままでは我が社は存亡の危機に陥りかねません。どうか、お助けください」
エヴェリーナはカップを手に取り、静かにローズティーを口にした。
香りを一度確かめてから、穏やかに答える。
「私に出来ることなどありませんわ」
一呼吸。
「あなたの願いは、神に委ねることに致します」
その声音に、拒絶の棘はない。
だが、それ以上の関与もない。
秘書は静かに頷いた。
「航空機やホテルの手配が整い次第、ご連絡いたします」
立ち上がろうとしたその時、
エヴェリーナが小さな包みを差し出した。
「こちらを」
秘書が受け取る。
「私が育てたハーブで作ったお茶です。ヴェガルド社長も、あなたも、さぞ心労があることでしょう。これで少し落ち着かれますようにと、お伝えください」
包みからは、やわらかな花の香りが漂っていた。
秘書は深く頭を下げ、静かに退室する。
扉が閉まる。
エヴェリーナは一人、わずかに息をついた。
「さて……そろそろ、キョウコ夫人がいらっしゃる時間ね」
立ち上がり、ジャケットを羽織る。
ほどなくして、社員が書類を手に現れた。
「社長、厩舎から準備が整ったと連絡が来ています」
「えぇ、ありがとう」
穏やかに頷く。
「DMCのパーティー、行くことにするわ。スケジュールを調整してちょうだい」
その判断に、迷いはなかった。
⸻
――その頃。
クリスタニアは、晴海への入港を目前に控えていた。
視界の先に、社旗を掲げた一隻の船が現れる。
「あれがルナディアですか!綺麗な船っすねー!」
三井が声を弾ませる。
さらにその奥に、もう一隻の影。
「すげぇ!レジェンディアもいるじゃないですか!うちの船、みんなゴージャスっすね!」
笑いながら振り返る。
「母ちゃんたちに見せてやりてぇなぁ」
シンシアがくすりと笑った。
「陽太のお母さんが作ってくれたフィナンシェ、美味しかったわね。また食べたいわ」
「母ちゃんが喜びますよ!」
ブリッジには、穏やかな空気が流れていた。
だが——
晴海のバースでは。
日向キャプテンが、静かにその帰還を待っていた。
日向キャプテンの圧が凄まじい晴海ですが、
一体何が起こるのでしょう




