盤上の前哨—交わされる噂—
クリストファーの悪どさは
クリスタニア過去編をご覧下さい。
茶会には、レジェンディアで顔を合わせた株主たちの姿もあった。
見知った顔を見つけ、レイコはほっとしたように微笑む。
それぞれ近況を語り合いながら、話題は自然と中東情勢へと移っていく。
イラン危機。
そして、ホルムズ海峡を通過したBMMの商船が四隻あったこと。
穏やかな紅茶の席でありながら、その内容は紛れもなく投資家たちのものだった。
レイコはカップを置き、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば……久しぶりに外国株の市場を見て驚きましたわ。あのDMCの株価が、あんなにも落ちていたなんて。ご時勢ですし、仕方ありませんわね」
一人の株主の目が、わずかに光る。
「今後、DMC株はさらに下落するかもしれませんな」
レイコは首を傾げる。
「まぁ、あれほどの大帝国ですのに。あまり存じ上げませんの。詳しくお聞かせいただけません?ぜひ勉強させていただきたくて」
周囲に小さな笑いが起きる。
「オーガスティア様は、そもそもBMMに首っ丈ですからな。ご存知ないのも無理はありません」
そう言いながら、その株主は声を落とした。
パンデミック後、どこよりも早く立て直したDMC。
しかし副社長に就いた人物は、各地のクルーズ会社から優秀な人材を引き抜くだけでなく、
目をつけた船をクルーごと取り込み、
立て直しに苦しむ老舗を、次々と傘下に収めていったという。
そして——
彼らの脅威となり得る者は、悍ましい方法で潰されてきた、という噂が絶えない。
BMMの富士崎社長でさえ、その毒牙にかかったことがあるのではと、実しやかに囁かれている。
五年ほど前、就任前の富士崎社長が、あるパーティーの直後に三ヶ月ほど休養していたこと。
表向きは体調不良とされていたが——
「さらに最近では、クリスタニアを狙っている、あるいはロゼリアの建造を妨害しているのではないか、という話もありますな」
株主は、カップを傾けながら続ける。
「まったく、辟易しておりますよ」
話を聞き終えたレイコは、小さく息を呑んだ。
「……そんなところでしたの」
指先を揃え、不安げに視線を落とす。
「実は、ポートサイドでAlluringからお茶会のご招待をいただきましたの。夫の父がお見えになる直前で、お伺いできませんでしたけれど……お怒りになってしまったかしら……」
その声音はかすかに揺れていた。
だが、瞳は静かだった。
「Alluringは五周年記念のパーティーを開催するとか。ご出席に?」
「夫が戻ってから決めようと思いますわ。一人で決めるのが、少し恐ろしくて」
「それがよろしいですわ。レイコ様のご主人というのは、レジェンディアでタンゴを踊られていた航海士の方?」
「えぇ。今はクリスタニアの船長をしておりますの」
「まぁ、あの時の……とても素敵な方でしたわね」
「本当に。レジェンディアであのようなロマンスが生まれるとは思いませんでした」
和やかな笑いが広がる。
祝福の言葉が交わされ、穏やかな空気が戻っていく。
⸻
その陰で。
フォックスが静かにインカムに触れた。
「エディお兄様、ローズお姉様に。噂は間違いないようだ、と」
短い返答が返る。
エディは即座にローズへメッセージを送った。
『あなたの言っていたとおりでした。シンガポールでのパーティーが決戦になりそうです』
間を置かず、返信が届く。
『心配しないで。すべてうまくいくわ』
エディは一度目を閉じ、静かに部下へ指示を出す。
「シンガポールに護衛をつけろ。目立たぬ形で」
紅茶の香りが漂う中、
誰一人として、そのやり取りに気づく者はいない。
⸻
そしてその頃——
クリストファーは、
また一つの花を踏み潰していた。
ようやく、投資家レイコになりました。
暴君クリストファーとの対決は如何に。




