盤上に立つー投資家レイコ
お茶会というのは、様々な形がありますが、レイコにとっては投資家としての戦場です。
数日後。
宝石商のマダムから、茶会の日時が届いた。
場所は、あのサロンだった。
ホテルのラウンジでも、レストランでもない。
株主たちだけの間で交わされる、内々の話がある場所。
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茶会当日の午後。
レイコは鏡の前に立っていた。
淡いグリーンのマーメイドラインのワンピース。
首元には、白薔薇を模したネックレス。
髪はハーフアップに整えられている。
指には、リヒトの父から贈られた指輪が光っていた。
リップを引きながら、鏡越しにエディを見る。
「サロンでは、離れた場所から会話を拾えるようにしておいて」
淡々とした声だった。
エディはその表情を見て、わずかに目を細める。
「……何をお考えですか」
レイコは、同じ調子で答えた。
「最近、DMCの株が下がっているの」
静かに言う。
「ホルムズの影響で燃料費が上がっている。下落傾向はどこも同じよ。でも——」
一度、言葉を切る。
「DMCだけ、落ち方が微妙に違うの」
鏡越しに視線を合わせる。
「旗艦の五周年も控えているのに。……おかしいと思わない?」
エディは一瞬、何も言わなかった。
やがて、静かに頷く。
「……さすがでいらっしゃる」
ハワード提督の声が、ふと脳裏をよぎる。
――私の可愛い姪は、とても分析力に優れているのだ。ボードゲームで勝てた試しがない。
あの、誇らしげな声。
「畏まりました。準備いたします」
エディが一礼する。
レイコは口紅を閉じ、首を傾げてふと笑った。
「……ねぇ」
「はい」
「二人の時は前みたいにしてくれるの、嬉しいけど」
一歩、近づく。
「あなた、“お兄様”なのよね」
エディが、わずかに目を見開く。
「そうですねぇ」
少し困ったように笑う。
レイコは楽しそうに言った。
「エディお兄様♡」
一瞬、言葉を失うエディ。
その反応を面白がるように、レイコはくすりと笑った。
「さ、行きましょ」
手を差し出す。
エディはその手を取り、静かに応える。
「仰せのままに。レイコ様」
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歩き出す直前。
レイコは思い出したように振り返る。
「そうだわ。帰ったら、いつも護衛してくれている武官の皆とディナーにしたいの。いい?」
「皆、喜ぶでしょう」
柔らかく答える。
「手伝いますよ、レイコ」
「ありがとう、お兄様♡」
軽やかな声だった。
だが、その目はもう違っている。
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サロンへ向かう車に乗り込む。
街の景色が流れていく。
レイコは窓の外を見つめたまま、何も言わない。
やがて、静かに目を閉じる。
そして、再び開いた時——
その表情に、迷いはなかった。
サロンは、どこであっても同じだ。
紅茶が置かれようと、
笑顔が交わされようと。
そこは、盤上にすぎない。
レイコにとって。
——すべては、戦場だった。
お兄様♡と呼ばれて、少し嬉しいエディです。




