あの日のあとでー白薔薇の中の約束
失ったあとでも、
時間は、止まってくれません。
時は少し遡る。
レイコは真っ白な天井を見上げていた。
意識が浮かび上がるにつれて、無機質な光が目に痛い。
やがて視界が揺れ、見慣れた寝室の天井へと変わっていく。
戻ってきたのだと理解するまで、少し時間がかかった。
そこにあったはずの気配が、
最初から存在しなかったかのように消えている。
レイコは、しばらく動けなかった。
これを知ったら、リヒトは悲しむだろう。
そう思う。
だが、自分の中にある感情が、それと同じものなのかは分からない。
ただ、空白だけが残っている。
「……私が」
ようやく声が出る。
「まだ、リヒトと過ごしていたいなんて思ったから……」
言葉が続かない。
「帰ってしまったのかしら」
視線が揺れる。
「やっと来れたはずなのに……ママが、パパを恋しがったせいね」
その瞬間、涙が溢れ止まらなくなった。
エディとフォックスは、声をかけることができない。
ただ、その場にいることしか出来なかった。
⸻
数日が過ぎた頃
宝石商のマダムから連絡が入った。
指輪が仕上がったのだという。
レイコはエディと共にサロンを訪れた。
「レイコ様、先日BMMの株主の皆様とお会いしましたの」
マダムが穏やかに微笑む。
「ご結婚のことをお話ししましたら、皆様とてもお喜びで。ぜひお祝いを、と」
レイコは何事もないように微笑む。
「嬉しいですわ。夫はまだ戻りませんし、私も久しぶりにお会いしたいわ。レジェンディア以来ですもの」
「では日時は改めてご連絡いたしますね。そうそう、今日は、お見せしたいものがありますの」
マダムは奥から、一枚の絵を運んできた。
白薔薇の花園。
その中に佇む、小さな天使。
それを見た瞬間、レイコの手が止まる。
次の瞬間、口元を押さえた。
涙が、溢れる。
マダムは静かに頷いた。
「クリスタニアは、白薔薇と呼ばれているのでしょう?」
優しい声だった。
「きっと、いつでも守られているのですわ。」
レイコは何も言えなかった。
「ニューヨークで見つけた時、レイコ様を思い出しましたの。結婚のお祝いに、ぜひ」
レイコはゆっくりと頷く。
「……ありがとうございます」
その声は、かすかに震えていた。
⸻
サロンを出たあとも、
レイコはずっとその絵を見ていた。
やがてそれは、寝室に飾られる。
夜。
レイコは静かにその前に立つ。
「ねぇ」
小さく呟く。
「パパとクリスタニアを、守っていてね」
一拍。
「私たちは、いつも一緒よ」
返事はない。
それでも、レイコは少しだけ目を閉じた。
⸻
「……マダムのお茶会はいかがなさいますか」
エディの声は、いつも通りだった。
「もちろん行くわ。準備をしておきましょう」
その声は、もう揺れていない。
エディはわずかに安堵する。
だが同時に、消えない違和感も残る。
視線を外し、フォックスに小さく告げた。
「……クリストファーが国内にいるか、調べてこい」
フォックスは無言で頷き、その場を離れる。
部屋には再び静けさが戻る。
白薔薇の中の天使だけが、
変わらず、そこにいた。
それでも、
大切なものは、
形を変えて、そこに残ります。




