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それからのクリスタニア〜静かな海に灯はともる  作者: おーがすてぃーぬ


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12/57

静かな崩れ ― 届かない海の上で

正しい判断だったとしても、


それが正しかったと、

心から言い切れるとは限りません。

クリスタニアは喜望峰に近づくにつれ、風速と波高の上昇を受け、計画どおり減速運転に移行していた。


対波姿勢を維持するため、針路は細かく修正される。


出力は急激な変動を避け、段階的に調整。


スタビライザーは過敏な反応を抑え、制御範囲を限定。


船体の動きに対し、遅れすぎず、過剰にもならない領域で保持されていた。


「対波、十五度」


「対波、十五度」


命令と復唱が、間を置かず繰り返される。


波はまだ“耐えられる”範囲にある。


だが、その先に待つものを、誰もが理解していた。


ブリッジはスタンバイ体制に入り、余計な会話は消える。


視線はそれぞれの持ち場に固定され、全員が同じ一点を見ているかのようだった。


通信は徐々に不安定になり始めている。


ノイズが混じり、わずかな遅延が生じる。


「……ヴァルナー」


途切れかけた音声の向こうから、日向の声が届く。


『ここからは通信を途絶する。本社のモニターで随時監視を行う』


一瞬、間が空く。


『低気圧を抜け次第、報告しろ』


「了解」


短く返した瞬間、通信は完全に途絶えた。


ブリッジに静寂が戻る。


あとは、自分たちだけだ。



東京。


白い光に包まれた病室。


レイコは静かに横たわっていた。


規則的な機器の音だけが、現実を繋ぎ止めている。


ベッドの脇に立つエディは、微動だにせずその様子を見つめていた。


処置は無事に終わった。


だが、それが何を意味するのかを、言葉にする者はいない。


レイコはまだ目を覚まさない。


麻酔の中で、かすかに唇が動く。


「……リヒト……」


か細い声だった。


「……ごめんなさい……」


同じ言葉を、何度も繰り返す。


エディは目を伏せた。


胸の奥が、締め付けられるように痛む。


ノックの音。


フォックスが静かに入室する。


「……失礼いたします」


声を落としながら近づく。


「BMM本社に、レイコお姉様ご夫婦宛にAlluringから五周年の招待状が届いたそうです。今回は副社長も出席されるとのことで、リヒトお兄様には本社から既に連絡が入っております」


言い終えても、部屋の空気は変わらない。


「……どういたしましょうか」


エディはすぐには答えなかった。


こんな時に、と思う。


弱っているレイコをその場に出せば、間違いなく狙われる。


リヒト一人を行かせたとしても、何が起きるか分からない。


ゆっくりと息を吐く。


「警護を強化する。人を手配してくれ」


一拍。


「優先すべきは回復だ。目覚め次第、マンションに戻る」


「……承知しました」


フォックスは静かに頭を下げ、部屋を出ていった。


エディは再びレイコに視線を戻す。


診察結果を聞いた直後、言葉もなく崩れ落ちた姿が脳裏に浮かぶ。


あの判断は正しかったのか。


ここで降ろしたことは、本当に最善だったのか。


何度考えても、答えは出ない。



数時間後。


レイコはゆっくりと目を開けた。


焦点の定まらない視線が、天井をなぞる。


「……帰らなくては」


感情のない声だった。


「帰って……リヒトの帰りを待たなければ」


エディは一瞬だけ言葉を失い、それからいつもの調子で応じる。


「承知いたしました。すぐに手配いたします」


その声音には、一切の揺らぎを乗せない。



車内は静かだった。


レイコはエディの肩にもたれ、いつの間にか眠りに落ちている。


その細くなった髪を、エディはそっと撫でた。


何も言わずに。


ただ、いくつもの後悔だけが、胸の内に残り続けていた。

ポートサイドでクリスタニアからレイコを降ろしたこと。


それだけではありません。


エディの中には、

いくつもの後悔が残り続けています。

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