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それからのクリスタニア〜静かな海に灯はともる  作者: おーがすてぃーぬ


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12/101

静かな崩れ ― 届かない海の上で

正しい判断だったとしても、


それが正しかったと、

心から言い切れるとは限りません。

クリスタニアは喜望峰に近づくにつれ、風速と波高の上昇を受け、計画どおり減速運転に移行していた。


対波姿勢を維持するため、針路は細かく修正される。


出力は急激な変動を避け、段階的に調整。


スタビライザーは過敏な反応を抑え、制御範囲を限定。


船体の動きに対し、遅れすぎず、過剰にもならない領域で保持されていた。


「対波、十五度」


「対波、十五度」


命令と復唱が、間を置かず繰り返される。


波はまだ“耐えられる”範囲にある。


だが、その先に待つものを、誰もが理解していた。


ブリッジはスタンバイ体制に入り、余計な会話は消える。


視線はそれぞれの持ち場に固定され、全員が同じ一点を見ているかのようだった。


通信は徐々に不安定になり始めている。


ノイズが混じり、わずかな遅延が生じる。


「……ヴァルナー」


途切れかけた音声の向こうから、日向の声が届く。


『ここからは通信を途絶する。本社のモニターで随時監視を行う』


一瞬、間が空く。


『低気圧を抜け次第、報告しろ』


「了解」


短く返した瞬間、通信は完全に途絶えた。


ブリッジに静寂が戻る。


あとは、自分たちだけだ。


⸻


東京。


白い光に包まれた病室。


レイコは静かに横たわっていた。


規則的な機器の音だけが、現実を繋ぎ止めている。


ベッドの脇に立つエディは、微動だにせずその様子を見つめていた。


処置は無事に終わった。


だが、それが何を意味するのかを、言葉にする者はいない。


レイコはまだ目を覚まさない。


麻酔の中で、かすかに唇が動く。


「……リヒト……」


か細い声だった。


「……ごめんなさい……」


同じ言葉を、何度も繰り返す。


エディは目を伏せた。


胸の奥が、締め付けられるように痛む。


ノックの音。


フォックスが静かに入室する。


「……失礼いたします」


声を落としながら近づく。


「BMM本社に、レイコお姉様ご夫婦宛にAlluringから五周年の招待状が届いたそうです。今回は副社長も出席されるとのことで、リヒトお兄様には本社から既に連絡が入っております」


言い終えても、部屋の空気は変わらない。


「……どういたしましょうか」


エディはすぐには答えなかった。


こんな時に、と思う。


弱っているレイコをその場に出せば、間違いなく狙われる。


リヒト一人を行かせたとしても、何が起きるか分からない。


ゆっくりと息を吐く。


「警護を強化する。人を手配してくれ」


一拍。


「優先すべきは回復だ。目覚め次第、マンションに戻る」


「……承知しました」


フォックスは静かに頭を下げ、部屋を出ていった。


エディは再びレイコに視線を戻す。


診察結果を聞いた直後、言葉もなく崩れ落ちた姿が脳裏に浮かぶ。


あの判断は正しかったのか。


ここで降ろしたことは、本当に最善だったのか。


何度考えても、答えは出ない。


⸻


数時間後。


レイコはゆっくりと目を開けた。


焦点の定まらない視線が、天井をなぞる。


「……帰らなくては」


感情のない声だった。


「帰って……リヒトの帰りを待たなければ」


エディは一瞬だけ言葉を失い、それからいつもの調子で応じる。


「承知いたしました。すぐに手配いたします」


その声音には、一切の揺らぎを乗せない。


⸻


車内は静かだった。


レイコはエディの肩にもたれ、いつの間にか眠りに落ちている。


その細くなった髪を、エディはそっと撫でた。


何も言わずに。


ただ、いくつもの後悔だけが、胸の内に残り続けていた。

ポートサイドでクリスタニアからレイコを降ろしたこと。


それだけではありません。


エディの中には、

いくつもの後悔が残り続けています。

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