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それからのクリスタニア〜静かな海に灯はともる  作者: おーがすてぃーぬ


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13/57

白馬の航跡 — 周期7秒、波高9

荒れた海では、


船だけでなく、

人も試されます。

クリスタニアは低気圧域に入った瞬間、風向が変わった。


それまで正面から押していた風が、わずかにずれる。

そのズレが、波の角度を変える。


船首が持ち上がり――次の瞬間、叩きつけるように落ちる。


「対波、15度」

「対波、15度」


『波高7メートル、周期9秒』


衝撃が船体を伝い、鈍い軋みが響く。

構造体全体が、一拍遅れて応答する。


「出力、維持」

「出力、維持」


防護シャッターに波と雨が叩きつけられる。


連続した衝撃音が、デッキ全体に広がる。

金属と水の音が、区別なく混ざる。


「ロール増大、右20度」

「確認」


「スタビライザー、制御域維持」

「制御域維持」


次の波が来る。


波高8メートル、周期8秒。


周期が縮む。

判断の余白が削られていく。


船首が突き上げられ、そのまま落ちる。


船体が跳ねるように揺れる。

重さが一瞬、抜ける。


「対波、修正、18度」

「18度」


コンソールを握る手に力が入る。


クリスタニアが暴れる。


同じ動きを、繰り返さない。


波は毎回違う。

だから応答も、毎回変わる。


「応答遅れ、確認」

「確認」


「出力、急変禁止」

「急変禁止」


警告音が鳴る。


『気圧、965hPa。変わらず』


モニターの数値が、更新されるたびに下がっていく。


圧が、海面を押し潰していく。


「波高、9メートル!」

「確認」


「周期7秒!」


さらに詰まる。


波が“来る”のではない。

連続して“当たる”。


「対波、再修正」

「再修正」


船体が横に流される。


舵が遅れる。

わずかに。


「戻せ」

「戻します」


間に合わない。


「……もう一度」


「修正、実行」


クリスタニアが応える。


だが、同じではない。


波の入り方が、毎回違う。


叩かれる角度が、すべて異なる。


「そのまま」

「そのまま」


命令と復唱だけが続く。


余計な言葉はない。

必要なものだけが、正確に流れていく。


外では、9メートルの波と暴風が、容赦なく船体を叩き続けていた。



その頃、本社。


日向キャプテンがモニターをじっと見つめていた。


数値ではなく、“動き”を見ている。


「機関部のゴードン次長を呼んでくれ」


短く指示が飛ぶ。


ほどなくして、クリスタニア専属機関部次長のゴードンが姿を見せた。


「おやっさん、クリスタニアが喜望峰の低気圧に突入した。見てくれ」


ゴードンは無言でモニターに視線を落とす。


数値と波形、船体の動き。


それらを一つずつ追う。


やがて、ふっと笑った。


「今操船してるのは、あの若いのだな」


日向の口元に、わずかに笑みが浮かぶ。


「分かりますか」


「あいつめ、クリスタニアをペガサスにすると抜かしたそうだが……」


ゴードンは画面を指差す。


「船体の動きを見ろ。飛ぶように荒波を越えている」


運航管理部の視線が、一斉にモニターへ集まる。


「……本当だ」


波に叩きつけられているはずの船体が、


わずかに浮くようにして、次の波へ移っていく。


叩かれているのではない。


“乗っている”。


日向は小さく笑った。


「おやっさん、ニューヨークを思い出しませんか。あの日、クリスタニアはヴァルナーだけに心を開いた。ブルーリッジのクルーの顔、忘れられません」


「あの時と同じだな」


ゴードンは肩を揺らして笑う。


「なかなか面白かった。だが……あいつらでは、こうはならなかっただろう」


「あれは、自分を乗りこなせる人間を知っているからな。」


低く、言い切る。


「まったく、大した若造だ」



再び、海。


ブリッジ。


リヒトはコンソールを握ったまま、視線を外さない。


「波周期7秒、波高8.5」


次の波が来る。


読み切れない波。


だが、読む。


クリスタニアは、わずかに船首を持ち上げ、


そのまま滑るように、波をいなした。


衝突ではない。


接触でもない。


“通過”。


「……飛ぶようだな」


リヒトが小さく呟く。


低気圧の中心で、


白い船体が静かに立ち上がる。


波の上に、乗る。


まるで白馬が、いななくように。


荒れ狂う海の中で、


クリスタニアは確かに、前へ進んでいた。

それでも進める船と、


進めない船があります。


その違いは、

数値だけでは測れません。

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