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鳥籠  作者: 快流緋水
3/10

自分の手

 パンが完売したところで,セレストブルー・カラーは鳥籠を手に死界の境に赴いた。絶えることのない霧のせいで髪が湿っぽくなるが,それを気持ち良さそうにかき上げる。心持ち視界が良くなり,また歩み出す。

(スカー……。)

どうしても想いを馳せてしまうが,無理にでも断ち切って前進する。

 ふと,人影が見えてきた。死者である。死者はこの町の者だけとは限らないので,知らない人の場合もある。今回はそのパターンであった。

「こんにちは。初めまして。」

死者はゆっくりと顔を上げ,セレストブルーを見据えた。死者はまだ若く,推定20代の女性であった。

「いかがなさいましたか?心残りがあるようですね。」

セレストブルーが優しく問いかけると,死者は泣きそうになりつつも心残りを語り出した。自分と引き換えに誕生した我が子のことが心配であると。衛生がまだまだ不備であるから,このようなことは珍しくはない。だが,簡単に過ぎる去ることは出来ないのだ。この死者のように,行くべき死界へ向かえなくなってしまうのである。

「それはお辛いですね。」

「ええ。だから,あの子の側にいたいんです。ああ……。」

セレストブルーはそっと背を撫でて上げる。死者は嗚咽をもらしながらうつむく。

「苦しいでしょうが,死界へ行きませんか?」

「あなたは私の気持ちなんて分かっていないじゃない!愛しい子をこの手に抱けない私の気持ちなんて…!!」

まくしたてる死者。その言葉で,パンを買いに来た太ったおばさんに付けられた心の引っかき傷が,少し綻ぶ。

(俺だって…!)

心をかき乱されたが,経験のお陰で逆上せずに済んだ彼は,悲しい目で死者を見つめ,小さく呟くように話しかける。

「ここにいて,お子さんは見えますか?」

我に返るそのセリフに死者は静止し,あっけにとられて見つめ返す。

「ここにいてもお子さんは見えませんよね。死界へ,天へ行って,そこからお子さんを見守ってください。」

哀願するように言い,そっと鳥籠の戸を開ける。すると死者は吸い込まれるように鳥籠に入り,発光した。その光が消えると,止まり木に鳥がいた。その鳥が彼女だ。

「少し強引だったかな。」

申し訳なさそうに呟き,それから鳥籠の戸を開けて,鳥に変化した死者を出す。

「死界へ行って下さい。」

鳥はただピピピとだけ鳴いて,霧が深い方へ飛び立った。

「これでよし。」

そう言う彼の表情は明るくない。片が付いたのに,明るくない。むしろ,暗い。

セレストブルーは胸に手を当てる。痛い。



 3年前。スカーレット・アジュレとの生活はなかなか楽しいものであった。パンの販売はスカーレットが見事にこなしてくれたので,セレストブルーは少し楽になっていた。ただ,問題があった。セレストブルーの能力と,その役目のことである。やすやすと打ち明けるわけにもいかないので,彼女にばれないように死界の境へ行くのが大変だった。

「スカー,お店を頼むね」

スカーレットは毎日そう言って出て行く彼を,不思議そうに見返す。

「よく出て行くのね。何をしているの?」

「ちょっとね。」

セレストブルーはニコッと微笑みかけてごまかし,鳥籠を手にして足早に家を出た。スカーレットとしてはお世話になっているから口には出したくない。だが,この不審な行動だけは気になって仕方がなかった。

(どこに行くとも言ってくれないし。好きな人の所だとしたら早いし。)

ふとそのとき,スカーレットは思い出した。初めて会った次の日,朝食を食べながらした会話を。その中で,彼は強引に質問をはぐらかしたのだ。‘よく死界の境へ行くのか’といった内容の質問を,笑顔でかわしたのであった。

(まさか……。)

 セレストブルーは死界の境を歩き回り,ようやく見つけた彷徨える死者と話していた。

「そうですか。お店が上手くいかなくて。では,俺がやっているパン屋が上手くいけば,少しくらいはあなたの夢は叶いますよね?」

優しく笑って問う。凄く,人を安心させる笑みであった。死者はあっけにとられたようであったが,大きくうなずいた。

「私のお店は駄目でしたが,その分あなたのお店が上手くいって頂ければ幸いです。お願いします。」

死者はセレストブルーと握手をし,何度もお礼を言う。その隙に鳥籠の戸を開け,死者の魂を取り入れて鳥に変える。

(笑顔になってくれて良かった。)

「さぁ,迷わずに行って下さいね。」

鳥となった死者を放し,見送る。霧で見えなくなるとホッとして一息を付き,家に向かおうと振り返った。

「スカー。」

彼の視線の先にはスカーレットがいた。彼女は出来るだけ早くパンを完売させ,セレストブルーがしていることを見ようとして,追いかけて来たのであった。

「今のは何?」

不思議な光景を目の当たりにしただけに,声は震えていた。セレストブルーは仕方ないと言うように吐息し,肩をすくめた。

「話すよ。まず,帰ろうか。」

セレストブルーは鳥籠を持ち直し,さっさと家に向かった。スカーレットは慌てて追いかけた。

 セレストブルーは鳥籠を自室に置き,紅茶を入れてテーブルに着いた。スカーレットもそれに続く。

「ごめん,驚かせて。誰にも知られたくなかったから,触れないようにしていたんだけれど。」

「セレ……。ごめんなさい。勝手に覗き見をしちゃって。つい気になっちゃったものだから。」

セレストブルーはにこやかに首を振り,それから自分の能力やしていることを話した。光景を見ていただけに,疑うことなく受け止めているスカーレット。

「そうだったの。セレは優しいのね。」

それを聞いて,クスッと笑い出す彼。

「優しくないよ。まさに俺は死神。鳥籠はThe fatal shears…死神の利鎌だよ。」

自嘲する笑み。言葉に詰まって何も言えなくなるスカーレットはうつむいてしまう。だが,思い立ったように手を伸ばし,セレストブルーの手に乗せる。

「セレは死神じゃないわ。私を助けてくれているもの。もしあなたが本当に死神なら,私はとっくに殺されていたわ。そうでしょう?」

彼女はやわらかく,にっこりと微笑んだ。それは,彼の冷えた心を温めるかのような笑顔であった。

「あなたは天上に行けない人を助けているから,優しい人よ。セレの手は,神の手みたいだね。」

ハッとさせられる言葉。今まで決して気付かなかったこと。セレストブルーはあいている手で顔を抑えた。指の隙間から,微かに涙がつたう。

「ありがとう。」

初めて感じた,自分への温かな気持ち。自分の持つ能力を拒否しない思い。安心感が広がる。それと同時に,スカーレットへの気持ちも変化していった。



 理解してくれ,全て受け入れてくれた人への想いはとても深い。だが,その人はいない。


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