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鳥籠  作者: 快流緋水
2/10

出逢い

 町外れから始まる森は,常に霧で覆われていた。強い風が吹いても,さんさんと太陽が輝いても,乾燥した日でさえも。途切れることなく,霧は昼夜問わず存在している。そのため,人々の間ではこの森のことを『死界の境』であると言われていた。その死界の境の手前に,まるで番人のように住んでいる男性がいた。セレストブルー・カラー,23歳。170cmを超える長身で,肩より少し長い銀髪を束ねている。眼鏡を通してでも綺麗な青い瞳。端麗な顔が印象的な人である。なぜ,そのような人がこのような所に住んでいるのか。誰もが疑問に思っていたことである。町人の中には未だに問う者もいたが,セレストブルーは決まってこう答えた。『待ち人がいるのだ。』と。それは真意でもあるが,繕いでもあった。奥に隠された真意は,セレストブルーの能力にあった。彼は死者と話すことが出来,その上彷徨う死者を死界へ送る術を持っているのだ。そのキーとなるものが,セレストブルーが大事にしている鳥籠である。

 人々の間で言われている『死界の境』は単なる噂ではなく,本当のことであった。ここには,この世に未練がある者が彷徨っているのだ。その人たちを死者の世界へ送ることが,セレストブルーの生まれながらの役目である。方法は,大事に持っている鳥籠に死者を取り込み,鳥に変化させる。そして鳥となった死者を放し,死者の世界に飛んで行かせるのだ。



 セレストブルーはパン屋を営んでいた。もちろん自分の能力を使って死者を葬送するのだが,表向きとして営んでいるのだ。19歳の頃からパンを作り続けているだけあって,味も食感も,誰もが認めるほどのパンであった。疎まれている死界の境のそばにわざわざ足を運ぶほどのパンである。売り上げも上々だ。

「セレストブルー,2つ頂戴。」

元気の良い子どもの声にうなずき,紙袋に丁寧に入れる。

「いつもありがとう。」

そう言って手渡す。子どもは嬉しそうに受け取り,代金を置いて出て行った。セレストブルーは代金を箱に入れ,他の客に顔を向ける。

「いらっしゃいませ。」

微かな笑顔。本来ならば,美しい微笑なのだろう。だが,悲しみが広がっているためにそう見えなかった。

「まったく。あんたは顔がいいし,パンの味もいい。でも,いつも悲しげだね。いつまでも落ち込んでいるんじゃないよ。」

人の気持ちも察せずに,お節介を言い出す太ったおばさん。パンを買いに来るたびに,まずこれを言うのである。セレストブルーの心に,小さな引っかき傷が付けられる。それでも言い返さず,目を伏せる。

「それで,おいくつでしょうか?」

「ふん。3つだね。客が来るから見栄えのいいやつにしておくれ。」

「分かりました。」

セレストブルーは素直に従い,無理矢理つくった笑顔を向けて渡した。おばさんは品を受け取ると,代金を粗雑において出て行った。それを見送ると,セレストブルーは調理場に入り,心を静めるために,胸に手を当てる。

(忘れられるわけがない。)

胸に当てた手をぎゅっと強く握り,涙をこらえた。



 セレストブルーが20歳のとき。パンが完売すると,鳥籠を手に死界の境に足を踏み入れた。もちろん,自分が持って生まれた能力を果たすためだ。

 その日。セレストブルーは死者に出会わなかったので,帰ろうと家に足を向けた。だがそのとき,何かが動く気配がした。今までの経験から,死界の境と言われているこの森に動物がいないことを知っていた。だから,セレストブルーはためらわずに気配がある方へ歩んだ。そこで彼の視線が捕らえたものは,死者ではなかった。生きている女性であった。

「君……。」

セレストブルーが呟くと,女性は驚いて振り返った。目鼻立ちがくっきりとしている,可憐な女性であった。

「あなた誰?死んでいるの?」

恐々と,震える声で聞く女性。このように聞くのは,よその町から来た人であると推測される。

「俺は死んでいないよ。」

「じゃあどうして?」

セレストブルーは困って頭をかいた。事実を話すわけにはいかない。

「とりあえず,俺の家に来い。こんな所にいると,今の君なら魂を持っていかれそうだ。」

セレストブルーは女性の手を引いて家に連れて行き,椅子に座らせた。戸惑う彼女に熱いココアを入れたマグカップを渡し,正面に座る。

「俺はセレストブルー・カラー,20歳。君は?」

女性を虜にさせる笑みを向けて聞く。女性は目を見開いて驚いたが,緊張の糸が解けたのか,安心したように吐息をして気を失ってしまった。


 翌朝。セレストブルーはパンの仕込みをしていた。美味しくなるようにと思いつつ,パン生地を練る。結構な重労働であるが,この習慣が身に付いていたので,彼にとってはどうってことなかった。その姿を女性は見ていた。

(どうして私はここにいるのかしら?)

そう思いつつセレストブルーに近寄る。彼の真剣な姿を見て,段々と記憶が戻ってきた。ここに来るまでのいきさつを。でも,セレストブルーに声を掛けられなかった。とそのとき,彼と目が合った。

「あ,おはよう。テーブルの上にタオルがあっただろ。それを持って,井戸で顔を洗ってきなよ。」

「え,ええ。」

「ちょっと待って。」

井戸へ行こうとした女性は慌てて振り返る。

「覚えていないだろうから,もう1度。」

セレストブルーは小麦粉が顔に少し付いているのにもかまわず,にっこりと微笑んだ。

「俺はセレストブルー・カラー。20歳。君は?」

「私はスカーレット・アジュレ。16歳。」

「スカーレットかぁ。顔といい金髪といい名前といい。どれも可愛いね。」

口説くわけでもなく,それが素直な言葉であった。スカーレットは照れて何も言えず,頭を下げてから井戸へ向かった。

 スカーレットが戻ってくると,テーブルには朝食が準備されていた。

「どうぞ座って。俺が作ったもんだけど。」

言われるままにスカーレットは座り,朝食を見る。パン,スクランブルエッグ,サラダ,ミルク。質素ではあるが,どれも美味しそうである。

「いただきます。」

2人は黙って食べ始めた。だが,セレストブルーは我慢しきれなかったように口を開いた。

「なんで死界の境を歩いていたんだ?」

スカーレットの口の動きが止まり,セレストブルーをじっと見つめる。

「言いたくないのならいいけど。ただ,あそこで生きている人を初めて見たからな。」

「初めてって,あなたはよくあそこに?」

問われた彼はニコッと笑って,ミルク瓶を差し出す。

「おかわりはいる?」

「え,あの?」

はぐらかされたのに戸惑うスカーレットだが,仕方なしにコップを差し出し,話し始めた。

「お金と家のためにお嫁に出されるところだったの。よくある話でしょ。でも,私は許せなかった。私は物じゃないのよ。だから,人に決め付けられる前に死のうと思ったの。」

自己を強く持つゆえに,許せなかったこと。内に燃える思いと現実の差に悲しく,セレストブルーはいたたまれない気持ちに包まれた。

「どうしても死にたい?」

真剣な,悲しげな瞳で問うセレストブルー。スカーレットは首を振ろうとしたが,一瞬でそれを消してうなずいた。だが,彼はその一瞬を見逃さなかった。ニコッと軽やかな笑みを向ける。

「嘘をつかなくてもいいよ。」

見抜かれたスカーレットは思わず見つめ返してしまう。

「俺,色々な人と話すから分かるときがあるんだ。死にたくないんだろ。行くあてがなければ,ここに住んでもいいけど。どうする?」

優しい申し出。スカーレットの心に温かさが染み渡った。警戒心が減った彼女はこの申し出を受けることにした。

「それと言っちゃなんだけど,パン屋を手伝ってもらってもいいかな?」

「そのくらいのお手伝いなら,喜んでするわ。ありがとう,セレストブルー。」

「どーも。あ,名前が長いから,‘セレ’でいいよ。」

「そう。じゃあ,私のことも‘スカー’でお願い。」

「了解。」

こうして2人の生活が始まったのである。



 それから2年半。この間で色々なことがあった。人の思いが錯綜した。そして,セレストブルーは変わってしまった。


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