きっかけ
来る日も来る日も,変化のない毎日。パンを売り,なくなれば彷徨う死者を葬送する日々。平坦な道のり。ただ,その繰り返し。
死界の境を歩きながら,いつもすること。もちろん,彷徨える死者を捜し,説得して死界へ送ること。だが,それだけではない。今のセレストブルー・カラーがしていることは,それだけではない。
「どこにいるんだ?」
そっと呟く。その声はすぐに消えてしまう。
スカーレット・アジュレと一緒に生活をして約4ヶ月が経った頃,ある出来事が起こった。スカーレットが休憩をしているときに,いかつい男4人とセレストブルーよりも2,3歳年上に見える青年がやって来た。明らかにパンを買いに来た様子ではないので,セレストブルーはあえて挨拶をしなかった。
「出せよ。」
青年は唐突に切り出してきた。前触れもなく,ただそれだけを。いきなりのことなので,普通ならば困惑してしまうだろう。だが,少ない言葉でも相手の真意を読み取ることが出来るセレストブルーにとっては,相手が誰で,何をしに来たのが大方分かった。相手はスカーレットの婚約者で,彼女を連れ戻しに来た,ということを。分かったところで,素直に出すわけにはいかない。スカーレットの気持ちを知っているので,セレストブルーは対抗することに決めた。
「ここにはパンしかございませんが。」
セレストブルーはいかつい男たちの視線の威圧を無視し,強く言った。その言い方が癇に障ったのか,青年は顔をしかめる。
「この俺に逆らうのか?身の程知らずめ。」
セレストブルーを侮辱して吐き捨てる青年。それだけで,彼の性格がどんなのかが伺えられる。他人を見下している点など,良い人とは見られにくい性格であろうと。それでも,セレストブルーは下手に出る。
「逆らうなんて滅相もない。ここがパン屋であることはご覧になればお分かりでしょう。パン以外はございませんよ。ほかをお求めでしたら,町へ行かれたらいかがですか?」
持ち前の爽やかな笑みを向ける。相手にとっては,挑発しているように見えたであろう。
「やれ。」
青年はニヤッといやらしく笑んでから,いかつい男たちにそう言った。すると,男たちは店の奥へ,セレストブルーの自宅へ侵入しようと足を向けた。その前を彼が立ちはだかる。
「兄ちゃん,どきな。」
いかつい男はセレストブルーを手で払おうとした。しかし,彼に抑えられてしまう。セレストブルーの力は,意外にもいかつい男よりも上であった。
「たった3文字のあなたの要求は分かりませんよ。」
セレストブルーは手をそのままにし,青年を鋭く見据えた。
「分かるように言ってください。」
裏を返せば,『分かるように言わないと,こっちも容赦はしない。』ということである。セレストブルーはいかつい男の手を離し,青年と向き合う。青年は『裏』の意味が分かっているようで,怒っているのは明らかであった。だが,それに折れることなくセレストブルーは見返す。
「言えないのなら,お帰り下さい。」
「結構出来ている奴だな。おいっ。」
あっさりとした引き下がり方だが,内心ではかなり苛立っているようであった。それでも,いかつい男を後半の言葉だけで自分の後ろに下がらせる。
「オレはレイヴン・フリント。スカーレットの夫だ。迎えに来たから,出してもらおうか。」
「夫?婚約者がいるとは聞いておりますが。」
「似たようなもんだ。さっさと出せよ。」
レイヴンの言い方が癪に障ったが,セレストブルーは大人しく従った。奥に行き,スカーレットを連れて出てくる。スカーレットはかなり嫌そうだ。
「さっさと出せばいいものを。スカーレット,帰るぞ。」
スカーレットはレイヴンを全く見ず,そっぽを向いて反抗を示す。
「あなたの所になんか帰りませんわ。」
「何の心配もいらないのにか?いいから来い。」
迫力のある声。それでもスカーレットは折れなかった。それがスカーレットである。そんな彼女が,強くこう言った。
「レイヴンの所に行っても幸せになれないわ。私は幸せにしてくれるセレの所に嫁ぐのよ。」
驚きを隠せないレイヴンに,スカーレットは力強く見返す。横にいるセレストブルーはレイヴンと同様に驚いていたが,それを隠して彼女の肩に手を回す。
「こういうことなのです。納得して頂けますね?」
うなずくことを強制させる言い方に,また事の流れに再び怒りが煮えたぎるレイヴン。だが,お坊ちゃん育ちの彼には反論が出来なかった。
「帰るぞ。」
いかつい男たちも納得していないようだが,黙ってレイヴンに従い,彼を守るようにして出て行った。レイヴンは最後まで2人を睨んだままであった。
「良家の人だね。もう来ないといいけれど。あ,ごめん。」
セレストブルーはスカーレットの肩に回していた手を慌てて離す。そのとたんに,スカーレットは座り込んでしまった。緊張が一気に消えたのだ。
「スカー?」
「ごめんなさい。巻き込んじゃってごめんなさい。」
セレストブルーは軽く微笑んで,申し訳なさそうに見上げるスカーレットを立たせる。
「構わないよ。少しは予想していたし。ただ,スカーの機転は思いつかなかったね。」
「あ,あれは……。」
スカーレットの頬が急激に赤くなっていく。
「実は,あれは,私の気持ちなの。」
「そうなのか。って,えぇ!?!?」
セレストブルーの頬も,徐々に赤くなっていく。実は,彼は自分の能力を理解し,支えてくれているスカーレットに愛情を寄せいていたのであった。彼女も,助けてくれた彼に,そして気持ちを理解してくれた彼に想いを寄せいていたのだ。
「嫌だった?」
「そんなことはない。」
見上げて問うスカーレットに,照れつつ答えるセレストブルー。そこで彼は意を決した。
「スカーレット,一緒に暮らさないか?今みたいじゃなく,夫婦として。」
明るい微笑みを添えたプロポーズ。スカーレットは満面の笑みで,彼に抱きついた。
「嬉しい。ありがとう!」
こうして,夫婦としての生活が始まった。それは笑顔が絶えず,楽しい日々であった。パン屋も好調であり,死者の葬送もつつなくこなしている。2人を取り巻く環境にさほど苦はなく,順風に乗った生活が続いていく。
死界の境を歩くセレストブルー。想いは広がるが,手ごたえはない。平坦な道だが,険しい。
「俺はここにいるのに……。」
寂しく呟く。その姿を,陰ながらに見守る人がいた。




