09:修学旅行~ホストファミリーとの出会い
夕方、飛行機はモントリオールの空港に到着した。離陸早々に寝ておいて正解だった。12時間の長時間フライト、親友は序盤から大はしゃぎしてたみたいだけれど、セツナはガン無視を決め込んでさっさとアイマスクとブランケット装備で仮眠を取った。数時間は寝たと思う。目が覚めてから飲み物と軽食をつまんだ。せっかくの修学旅行、時差ボケで台無しにするわけにはいかないからね。初日から調整は完璧だ。
現地ガイドの方々と合流してバスで移動する。降りた場所ではこれから4泊お世話になるホストファミリーが大勢待っていてくれた。2人一組で、それぞれの家へと向かうことになっている。私の相棒は例の大変やかましいミチルだ。
セツナたちが滞在させていただくのは、30代後半と言ったところだろうか。比較的若い夫婦の住まいらしい。迎えには旦那さんが来てくれていた。
「ようこそモントリオールへ。ミチルとセツナだね。僕はローガン・ブラウンだ」
少し訛りのある英語だった。差し出された右手を軽く握り返して挨拶を返した。
「初めまして。私は小田 セツナ、こちらは安藤 ミチルです。短い間ですがよろしくお願い致します」
隣で親友が口をぽかんと開けていた。何してるんだよ、さっさとスーツケース持って!ブラウンさんについて行くよ。セツナは親友の尻をぽんと叩くと、キャリーバッグを転がしてブラウンさんの後を追った。
ブラウンさんは年季の入った白いステーションワゴンのハッチバックを開けて、2人の荷物を並べてくれた。
「さあ乗って」と言われたので、運転席の後ろにミチルとお邪魔する。車はガタゴトと動き出した。車には詳しくないものの、ものすごく古い!ということは伝わってきた。途中でぷすん、と止まっても納得するレベルだ。ちらと隣を見ると、緊張した顔の親友が行儀よく座っていた。まあ無理もないよね。もう暗くて外の景色もいまいちだし、単純に眠いんでしょう?今夜は早く寝れるといいね。
オンボロ車から予想していたよりは立派な家に到着した。広い庭があって、ここは日本じゃないんだなと実感する。それぞれの荷物を持って、ブラウンさんの後ろをついて行った。
「戻ったよハニー」
ハニーと呼ばれたのであろう女性が顔を出す。随分と貫禄のあるハニーだった。
「紹介するよ、僕の妻のロミーだ」
「ようこそ、日本のお嬢さんたち。あなたたちが来る日を楽しみにしていたわ」
ここでもセツナが2人分挨拶をする。ハニーの英語も訛りがあった。笑顔を浮かべたままハニーがブラウンさんに早口でまくし立てている。
「あんた、本当に女の子2人だろうね?男は断るって約束だよ」
「心配ないよハニー、この子たちの学校が女子高だと知っているだろう?この子の声は完全に女の子じゃないか」
目の前で繰り広げられているのは、どうやらハニーからセツナが男と誤解されたことが発端の夫婦喧嘩らしい。私たちに意味がわからないと信じ切ってフランス語で話しているのだろうが、私には完全に理解できていた。なるほど、この夫婦はフランス語が第一言語なんだな。英語に訛りがあるのも納得だ。なんだか面白いものが見れそうなので、私がフランス語を理解できることは明かさないでおこうと決めた。
笑顔のまま夫婦喧嘩は終了し、ハニー自ら部屋へ案内してもらうことになった。
「あなたたちの部屋はこっちよ。ついていらっしゃい」
今度はハニーの後ろをついて行く。薄暗い廊下が長く続いていた。平屋の広い造りの家だ。年季が入っているものの、丁寧に使い続けていることが伺われる。
「さあ、この部屋よ」
ハニーが勢いよく開けたドアの向こうには既に灯りが点いていて、小さな女の子が2人床に転がって絵を描いている最中だった。
「クロエ!シンディ!どこにいるかと思ったらあんたたち!」
怒鳴られるのは日常茶飯事か。2人の娘たちは慌てるでもなく、のんびりと転がったまま絵を描き続けている。
「マム、いらっしゃいの絵を描いているのよ」
「マム、描けた」
ちなみに親子の会話もフランス語だ。2人はセツナたちの歓迎の準備をしてくれていたらしい。ハニーが立ちはだかっていて、セツナたちのことは見えていないのかもしれないが、こちらからは隙間から2人のことが見えていた。2人とも妖精のように愛らしい姿をしている。この2人もいずれはハニーのような姿に……いや、今考えるのはよそう。
「荷物を置いたらいらっしゃいね。ディナーの準備が整っているわ」
2人の娘を掴まえたハニーが部屋から出ていき、ようやく一息つけそうだ。と、思ったのもつかの間、次に騒ぎ出したのは親友だった。
「ちょっとセツナ!いつの間に英語話せるようになったの?」
ん?やらかしたか?
――セツナは自分の英語の成績を思い出してみた。コンスタントに学年200番台をキープしている。ご承知の通り、1学年の人数は250人だ。セツナの通う学校にはフランス語の授業もある。そちらの方も順調に200番台中盤を死守し続けていた。うん、やらかしたな。
「時間できたからさ、ちょっと勉強してみたんだよね」
「何それ?ウケる。新体操辞めてまだ1週間じゃん」
これで納得するのだから、20世紀は最高だ。さて、ハニーのディナーをいただきに行こうよ。




