08:修学旅行~出発
真っ赤なキャリーケースを転がして駅へ向かう。今まで貼っていた[RG]のシールは昨夜のうちに剝がしておいた。修学旅行は私服だ。セツナは新しい紺のパンツに、グレーのパーカーを羽織ってきた。足元は履きなれたハイカットのスニーカーだ。
すでに授業が始まっている校舎は比較的静かだった。高等部の2年生だけがぽつぽつと登校してくる。
「セツナおはよ!マジイケメンじゃん。付き合ってよ」
「おはよう。お断り」
白と黒の千鳥柄の短いプリーツスカートを履いた親友から、懲りずに告白された。今から長時間飛行機だよ?着いた頃にはしわくちゃになっているだろうに。「着替えたら?」と言おうかとも思ったが、親友の巨大なスーツケースを見て、そっとしておくことに決めた。セツナのキャリーケースの倍ほどのサイズだ。一体何をそんなに持っていく必要があるのだか。
教室の中は華やかだった。普段は制服姿だからね。皆思い思い好きな服装をしている。スカートを履いている子が多かった。教室の後ろにはズラリとキャリーが並んでいて、少し窮屈だった。それは今から始まる旅行を想像させる、楽しい窮屈さだった。
担任が来て、簡単にオリエンテーションのようなものが始まった。もう何度も繰り返し聞いてきた話ばかりだった。多分ただの時間つぶしだと思う。飛行機は夕方の便だ。
大型バスに乗り込んで、ようやく成田へ向けて出発したのは、12時を回ってからだった。車内で持参した弁当を食べる。セツナはおむすびを2つとブドウを持ってきていた。
「セツナ、パスポート見せて」
隣に座ってる例の親友に言われてパスポートを見せた。親友も自分のパスポートを渡してきたから、ぺらりとめくってみる。MICHIRU ANDO――真面目な顔をした写真が1枚のっている以外、特に突っ込みどころもないものだった。安藤の最後にHがつかないんだ、ということは初めて知った。対して親友はと言うと、ワーワーと騒いでいる。つくづくうるさくて楽しい友達だ。
「セツナ若ーい。これいつの?」
「中3」
セツナは今回が初の海外旅行ではなかった。2年前にジュニア大会出場の機会があり、その時に作ったパスポートだ。若いって言ったってほんの2年前じゃないか。私の目にはほとんど変わっているようにも見えなかった。
空港内でも団体で大移動だ。セツナの通う学校は原則中高一貫で、高校から新たに入ってくる子は欠員補充分の数名だけだ。総勢250名。それが2つのグループに分かれて搭乗する。セツナのクラスは先に出発する方のグループだ。
キャリーケースを預けてようやく身軽になった。セツナの持ち物は黒のボディバッグひとつだけだ。中にはパスポートの他に財布とハンカチ、リップに目薬、しおりといった具合の最低限の物だけが詰め込まれている。友達の方はやや大きめのトートーバッグを肩から下げていた。
「荷物、多いよね」
突っ込むまいと思っていたのに、つい聞いてしまったよ。たかだか1週間でどんだけ持っていくのだと、まるで理解できなかったからね。
「えー、だっておやつとか。飛行機の中で食べたいじゃん」
だって。それ、食べる機会ないと思うよ。この時代の国際線は気前がいいんだ。機内食の他にもさまざまな軽食が用意されているはずだ。エコノミーにもね。
出国審査を通り、搭乗口の前まで行くと、ようやく旅の空気が本格的に漂ってくる感じがした。思えば国をまたぐほどの移動、旅をするのはいつの生以来だろうか。前世も、そのひとつ前も小さな世界だけで生きてきた。
初めて己が転生したと自覚した時、その1度目の転生から数回は可能な限り旅をした。町から町へ、国から国へとひとりの男だけを探し求めて旅を続けたものだ。いつ頃からか、それもしなくなった。探すことは諦めてはいない、しかし身近で見つからなければ次の生でまた探せばよい、そう考えられるようになる程度には転生する回数が増えていた。きっと向こうも私を探している……縁があればいずれどこかで再会するだろう。
柄にもなく感傷に浸ってしまったね。今から修学旅行へと旅立つセツナには相応しくなかった。まあ今世には少し期待をしている、ということだけは本音として残しておこう。さて、土産物屋をうろついている親友のところへ行こうか。止めるためだよ。これ以上荷物を増やすなとね。




