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05:けじめ

 進路という思いもよらぬ伏兵が現れた。

でもさ、必ずしも大学に進学する必要なくない?


 誰にも話すことはできないが、私はこの先の日本を知っている。今のこの浮かれた時代は間もなく終わる。バブルと言われた時代だ。そこから続く氷河期――セツナがこのまま大学へ進学したとして、卒業するころには既に氷河期が訪れている。中途半端な進学をしたところで就職で躓くことは容易く予想できた。


 高校卒業で就くことのできる仕事を探そう。


「なんとかなるでしょ」


 友達は笑った。私も笑っていた。


 そう、今言ったように、私は今より少し先の日本も知っている。スマホがひとり1台当たり前の時代は、どこにいても見張られているようで窮屈な時代だった。それが今の時代にはない!最高じゃないか。スマホがあったら、今頃コーチから鬼電だっただろうからね。セツナはすっかり冷めたポテトを1本かじりながらアイスティーを飲んだ。


 店を出て、最寄りの駅で友達とは分かれた。今からセツナは今日の練習先の体育館へ向かう。月曜はさ、香帆コーチがいない日なんだ。毎週月曜日の香帆コーチは別の体育館で一般クラスの指導をしている。よかったよ、香帆コーチがいたら話が長引きそうだからね。


 閉め切った体育館の中で、それぞれが練習していた。今は秋だからいいけど、夏の暑さはえげつないよ。夏でも窓を開けることはないからね。ここにいるほとんどの子は応援に来てくれていた子たちだ。私がこの時間に来たことを不思議に思っているのか、ちらと何人かが視線を向けるのを感じた。


 菅原先生が瑞紀ちゃんの通しについてる。先生は絶対セツナに気がついてる。菅原先生は、このチームのトップ、監督に当たる存在だ。(だから先生だけはコーチと呼ばれていない)先生は既に香帆コーチから昨日の話を聞いてるに違いない。この状況はセツナだったら、震えるほど怖いだろうけれど、安心していい。私にとってはただの中年のおなごだ。


「菅原先生、ご挨拶に伺いました。今までお世話になりました」


 瑞紀ちゃんの演技が終わってから先生に挨拶した。しっかりと頭を下げた。今度の菅原先生は、真正面からセツナの顔を見ていた。


「本気なの?」


「はい」


 無言で向かい合った。先に視線を逸らしはしない、そう決めていた。


「わかった。お疲れ様――戻りたくなったらいつでも帰っておいで」


 瞳の奥が少し熱く感じた。これはセツナの感情だ。ここに戻る――それはコーチとして戻ってこいという意味かもしれない。どこにも就職できなかったらそれでもいいかな、とセツナは思った。

もう一度お礼を言って体育館を後にした。バイバイ、新体操。12年お世話になったね。


 二子玉川の駅に着いたのは18時少し前だった。こんなに早い時間に帰ることはなかったから、まだ開いているデパートに寄り道したかったけれど、今日のところは真っ直ぐ家に戻った。


「ただいま」


「お姉ちゃん!ほんとに新体操辞めたの?」


 妹だ。歳は4歳離れている。今年中学校に入ったばかりで、セツナとは別の学校に通っている。


「うん、辞めてきた。いい匂いー」


 台所からカレーの香しい香りが漂っている。カレーなんていつ以来だろう。セツナが食べていた記憶はあるものの、私自身はいつ以来かも思い出せないものだ。


「おかえりセツナ」


 母親が台所から声をかけてきた。


「ただいま。カレー美味しそう、着替えてくるね」


 自分の部屋に入り普段着に着替えた。着替えの最中、部屋の片隅に置いてある新体操の手具が入った鞄が視界に入った。これも片付けなきゃね。誰か欲しい子いるかな……全部あげてしまおう。

私の普段着は、かなり少ない。Tシャツとジャージばっかりだ。スカートなんて持ってたっけ?と探すほど見当たらなかった。可愛い服も着たい。明日の帰りにでも探しに行ってみようか。


 父親は帰りが遅いから、3人でカレーを食べた。セツナのお皿の上のごはんは、妹より少なかったけれど、今日のところはこれで満足しておこうと思う。少しずつ胃を育てていけばいい。カレーの味には感動した。


「セツナ、そろそろ修学旅行の準備をしないと。ママが買ってこようか?」


 行っていいんだ!修学旅行。好きに生きると誓う私の意思と、あらゆることを諦めてきたセツナの心がまだ混ぜこぜになっているようだった。


「ママと行きたい。一緒に選んでくれる?」


 母親はニッコリと笑ってくれた。あまり一緒に出掛けた記憶がないものな。遠征以外。

明日の放課後、ニコタマの駅で待ち合わせることに決まった。妹もついてくるらしい。

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