03:表彰状
そして冒頭の転生3日目。二子玉川の駅に着くころ、セツナは少し胃が気持ち悪くなっていた。食べすぎたようだ。トースト1枚とウインナーをかじっただけだよ?そんなささやかな食事すら拒絶するこの身体がますます哀れに思えた。しっかり慣らしてやるからな。
電車に揺られて高校に向かった。セツナが通うのは名門女子高だ。お察しかと思うが、推薦入学である。しかし、学校の新体操部に籍は置いているものの、実際の練習はクラブチームで続けていた。中体連や高体連にのみ、学校の名前を借りて出場していたんだ。
高等部の校舎に入ると、あちらこちらから声をかけられた。
「セツナ!聞いたよ!おめでとう」
ニュースになるようなメジャースポーツでもないのに、耳が早いな。そのことを少しだけ意外に感じた。けれど同じ学校にクラブチームの仲間も何人か通っている。同じく幽霊部員だけどね。そんな事情もあって、この学校ではマイナースポーツのはずの新体操の認知度が、一般よりは高い。
「てか待って!セツナそれカラコン?めっちゃ可愛いんだけど!」
今世も私の瞳は例外なく銀色だ。どの時代の国でも珍しがられたが、それは今世でも同じだった。
「いや、なんか起きたらこうなってた感じ?」
自分でもよくわからない説明をしている。事実だけどね。
「マジで?」
緩い。これで納得するのだから、20世紀日本ありがたい。
「うん、マジ」
とりあえず返事をして教室に入った。クラスメートたちと軽く挨拶を交わしながら、自分の席に向かう。その時放送が流れた。
[皆さんおはようございます。本日は臨時朝礼を行います。8時半までに体育館に集まって下さい]
「セツナじゃない?」「うんうん、セツナだよ」
周囲の友達がセツナの席を取り囲む。友達の言うようにその可能性は高そうだ。
朝礼は校歌斉唱から始まった。音楽教諭がピアノを弾いている。本気で歌っているものは少ない。セツナの周囲は皆、口パクだ。歌詞は憶えている。けれどセツナの口からも音は出ていなかった。
校歌を歌い終えると、司会教諭の紹介を受けて校長が壇の上に上がった。校長図鑑の1ページ目に載っていそうな、小太りの禿げた中年だ。それに続いて私の名前が告げられている。司会の教諭は週末に開催されたジャパンの話を、その場で見てきたかのように語り始めた。
「本校から表彰を行います。小田 セツナさん、壇上へ進んでください」
生徒の間をすり抜けて前へ進んだ。壇上に上がり、校長の前で止まる。校長の顔はこの上なく上機嫌に見えた。
「小田 セツナさん、おめでとう」
何の表彰かわからない賞状を有難く頂いた。セツナの顔には作ることに慣れすぎた人工的な笑みが浮かんでいる。校長はその後、セツナだけに聞こえる声でこう付け加えた。
「本校出身者から初めてのオリンピック選手が出ることを大いに期待しているよ」
オリンピックに出身校名は出ないと思う。まあいいか。その期待が実ることはない。臨時朝礼はそこで終了した。
教室に戻り授業を受ける。4教科を受けたところで昼休みになった。今日のセツナの鞄の中にはいつもの小さな弁当箱がひとつ入っている。セツナは購買へと走った。
焼きそばパンとコーヒー牛乳を抱えてホクホク顔で教室に戻った。いつも一緒に弁当を食べている友達らが机を合わせて待っていた。合わせてある机は6つ、座ってるのは3人。あとの2人はまだ購買から戻ってきていないらしい。スタダして正解だった。
「セツナ珍しいね。今日はパンなんだ」
「ううん、お弁当も持ってきた」
私は鞄の中から小さな弁当箱を取り出す。こんなウサギの餌みたいな弁当で足りるわけがない。身長が168センチもあるんだぞ。10キロ太ったところあたりでようやくまともと言えるだろうさ。
が、それを見守る友達の方が心配そうに顔を曇らせた。その中のひとりは同じ新体操チームの子だ。セツナと同じような草食動物の餌のような弁当を広げている。
「平気平気」
6人で話しながら弁当を食べた。この時代のおなごには口と耳が3、4つあるのかと思うほど、それぞれが好きなように話している。私の耳では全ては聞き取り切れていないが、多分まわりも似たようなものだとは思う。
異変は5時間目の後半に訪れた。気持ちが悪い。吐きそうだ。前かがみになってゆるゆると手を挙げた。
「先生、トイレ行ってきていいですか」
トイレで吐いた。なんたる失態。せっかく食べたご馳走を消化する前に自ら破棄するとは。私の食への貪欲な欲望と、それを拒絶するセツナの身体が悲しかった。




