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02:女王の誕生と終焉

「セツナーーー!ガンバーーーーー!!」


 観客席からチームメートの声援が聞こえる。関東で開かれる大会の時ほど応援の声は大きくない。この大会に出場している奈美ちゃんと、香織ちゃん、瑞紀ちゃんの他、強化クラスの子たちが応援に来てくれていた。小田 セツナ、初出場の全日本新体操選手権最終種目ボールの演技が始まる。セツナはマットの中央よりやや右の前、審判員たちが並ぶ席に背中を向けて、静かに始まりの姿勢を取った。左腕を柔らかく持ち上げたところでピタリと静止する。


 繰り返し繰り返し聞いた曲が流れ始めると同時に、セツナは13メートルのマットの上を舞った。今からの1分25秒はセツナひとりのものだ。会場中がセツナの動きだけを追う。


 白いレオタードはスカートの先が淡くグレーに染まっていて、無数のラインストーンが煌めいている。いかにも日の丸を意識した、真紅のボールが高く飛び、セツナの身体の上を転がり、時にはリズミカルに床へ打ち付けられる。2連続のもぐりから続くここからが、一番の見せ場だ。難度の高い技が続く。いつも会場が湧くフェッテターン。セツナは作り物の笑みを浮かべて舞い続けた。I字バックルから最後のパンシェターンへと流れるように繋いでいく。右足の甲から頭上に飛ばしたボールを回転して足で受け取る。セツナの全身に目があるようだ。ボールも磁石のようにセツナの身体めがけて吸い寄せられるように戻って来た。

同時に曲が止まる。よし、ノーミス。手ごたえは充分にあった。


 ボールを小脇に抱えて一礼してマットから降りる。あとは得点を待つだけだ。9.2以上が出れば個人総合優勝が決まる。セツナの演技構成は9.8、超えている自信はあった。


「ワーーーーーー!!!」


 観客席が湧いた。新女王の誕生の瞬間だった。


 表彰式が終わると、急いで会場を後にした。クラブチームの仲間やコーチ、そして帯同していた母親たちと共に駅へと急ぐ。何度も何度も「おめでとうセツナ」と声をかけられた。私も心の中で呟いた。「頑張ったね、セツナ」


 新横浜の駅で解散になった。駅には父親が迎えに来てくれているはずだ。最後に選手が一列に並んでコーチに挨拶をする。大学生の奈美ちゃんが先に「ありがとうございました」と大きな声と共に頭を下げ、私たちも後に続いた。


 それぞれが在来線のホームや迎えの車へ向かう中、私はコーチに声をかけた。


「今日で引退します。ありがとうございました」


 穏やかだったコーチたちの顔が一瞬で変わる。いつも優しい美七コーチは困惑した表情を浮かべていて、香帆コーチは目を吊り上げた。菅原先生には聞こえていなかったみたいだ。


「ちょっと待ってセツナ。何言ってんの?」


 セツナは首根っこを掴まえられた仔猫のように、香帆コーチに迫られた。その距離僅か5センチ。辛うじてセツナの方が身長が高いため、焦る気持ちは芽生えてこなかった。そもそも丸腰のおなごに迫られて怯えるほど私の神経は繊細ではない。


「燃え尽きました。お疲れ様でした」


「待ちなさい!明日ちゃんと練習来なさいよ!」


 吠える香帆コーチに何度も振り返ってペコリと頭を下げつつ、私は母親と共に父の待つ車へと急いだ。

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