15:初バイト、就活、そして卒業
「いらっしゃいませ」
「スマイル1つ」「俺もスマイルで」
ナックでバイトを始めた。今、セツナは口元だけニコリと弧を描いている。瞳の中は全く笑ってはいなかった。それは商品ではないんだよ。全く、誰だよ[スマイル¥0]なんて思いついたやつ。そればっかり注文されるじゃないか。
「あれ小田 セツナだろ?」「ヤバッ、顔ちっさ」
結局男子高校生たちは何も食べずに帰っていった。ここまでくると営業妨害である。自分の名前が知られていることが意外だった。だって新体操だよ?マイナー競技の自覚があるだけに納得がいかない。
「いらっしゃいませ」
「えっ?女子?」「うそーイケメンいるって楽しみにして来たのに」
この反応は女の子たちだ。文句を言いつつも注文はしてくれるからまともな客ではあるけれど、本人の目の前で言うのはどうかと思う。
せっかく研修受けてレジ操作も覚えたのに、セツナはキッチンに回されることになった。バイト代がもらえるなら持ち場はどこでも構わない。店長から男子高校生のバイト応募が増えたと聞いた。どこかセツナを責めているように聞こえる。酷いじゃないか、セツナは悪くない。そして後輩アルバイトに男子高校生は入ってこなかった。女の子大歓迎。
バイトは週末と平日は週に1回の週3にしてもらった。試験期間は考慮してくれるらしい。 成績向上もセツナの重要課題だからね。
新体操の話もしておこう。所属していたクラブチームを通して強化選手の指名を頂いていたらしい。小田 セツナは怪我で治療中、復帰の目途が立たないためそれを辞退したそうだ。雑誌の片隅でそれを知った。初耳だった。
12月初旬にあった期末テストの結果を報告しよう。狙ってはいたけれどやらかした。
英語、フランス語、共に学年1位。フランス語の記述問題では、先生から感嘆のお言葉を頂戴してしまった。「まるでフランス古典文学のような文章です。皆さんも小田さんの解答を見てみましょう」勝手にコピーしていたようで、スクリーンに映し出された。文章が古臭かったみたいだ。それでも二重丸がついていた、結果よければ良し。学年240番台からの飛躍的進歩だ。
しかし、その他の教科は上出来とは言えない結果だった。数学、化学はギリギリ赤点回避――今までと同じ順位を守るに留まった。セツナもとい私の頭は理系向きではなかった。
冬休みに入る前に担任との進路相談の面談があった。今回は生徒と担任だけの1対1の面談だ。
「小田さん、進路はどう考えているのかしら」
今世は過去に得た知識を存分に活かして生きようと考えていた。私の唯一の武器と言っていい語学力だ。高卒でも就職可能で、語学が生かせる職業を探そうと思っている。そのことを伝えた。セツナが話せるのは英語とフランス語だけじゃないからね。担任には言っていないけれど、他にもいくつもの言葉を話せる。文才は皆無なので翻訳家は無理だ。通訳とかガイドとか……その方面を目指そうと思っていた。
「いくつか資格に挑戦してみるといい」そう言われた。そうだね、資格は強い。英検の他にTOEICやTOEFLも考えてみるようにとアドバイスをもらって、面談は終了した。教室を出た足で、掲示板を見に行った。様々な資格の日程が貼られている。いつもは素通りしていた場所だ。生徒手帳に応募が間に合う資格をいくつか書き写して帰宅した。片っ端から受けよう。バイト代の使い道ができた。
少し自分の話になるが、私はいつ転生するのかまるでわからない。今夜かもしれないし、うんと先かもしれない。唯一わかっていることがあるとすれば'私は死ぬことがない'ということだけだ。長い間そんな生を生きてきたため、物や金への執着といったものがまるでなかった。手に入れたところでいつ失うかわからないからね。
話しが逸れたが、バイトで手にした給料は資格取得に使うと当面の目的が決まった。今まで以上にバイトにも身が入りそうだ。
週に3日バイトして、時々友達と放課後に寄り道をして、相変わらず数学に苦労しながら残りの高校生活を送った。担任からは何度か進学を勧められたけれど、セツナは高3の秋には中堅旅行会社の内定をもらうことができた。受験を控えた友達からかまってもらえる時間もなくなり、ナックでのバイトを週4にした。同じ学年で就職をするのはセツナを含めて3人だ。残りは全員進学を目指している。
一番の親友ミチルは、推薦で短大に進学が決まった。短大にして正解だよミチル。ミチルが短大を卒業するころは、まだバブルは弾けない。就職先も無難に見つかると思うよ。四年制に行く子たちは大変だ。今それを言ったところで誰も信じないだろうけれど。
翌年の3月、6年通った学校を卒業した。そして4月、セツナは社会人になった。




