16:そして今
21歳。就職して3年がすぎセツナは今、京都の街に住んでいる。国内旅程管理主任者の資格を取ることができて、主に京都で自社のツアー添乗員をしている。海外からの観光客を担当することが多い。バブルは崩壊したが、幸い旅行業への大ダメージはなかった、ように思う。
秋の京都も大変人気で、連日多くの外国人観光客がこの街を訪れている。今はスペイン語ガイドで金閣寺ツアーを回っているところだ。黄金に輝く古の建造物に、観光客たちが感嘆の声を挙げている。悪趣味だよ、と私は思うけれどね。金閣寺の次に訪れるのは、きまって龍安寺だ。ここの枯山水は欧米からのお客様に特にウケがいい。これを見る度に修学旅行で行った、モントリオール植物園にも枯山水があったなと懐かしく思い出す。「京都じゃん!」と言った親友の言葉もまんざら嘘ではなかった。
お客様から一緒に写真を撮ろうと声をかけていただき、一緒に写真に納まった。セツナの営業スマイルは健在だ。翌日もスペイン語のお客様が対象で、清水寺からスタートのオプショナルツアーのガイドだった。前日に引き続き参加して下さっている方もちらほらと見かける。詰込み型の弾丸ツアーではないので、途中の三年坂あたりで自然離脱する方も珍しくない。この日もお客様と紅葉を背景に写真を撮った。確か昨日と同じ方だとは思うが、あまり憶えてはいない。「春には桜がとても美しいことでも有名な坂」と紹介すると、何名かが反応していた。ツアーの終わりに名前を聞かれたので、名刺をお渡しした。最初に名乗ってはいるけどね。SETSUNA ODA――セツナの名刺には日本語の下にローマ字表記でも名前が書いてある。
スペイン語担当なのか?と聞かれそうだから先に否定しておく。たまたま2日続いただけだ。
「小田さん、スペイン語いけたっけ?」
「はい。できます」
こんな具合だ。大きい会社じゃないからね。それぞれの言語に対応した社員が大勢所属しているわけじゃないんだ。セツナは外国人観光客担当、ざっくりそんな扱いを受けている。一応全国通訳案内士試験に合格はしていて、京都府に英語とフランス語の通訳案内士として登録は済ませてある。スペイン語は未登録だ。
ひと月後、職場宛にエアメールが届いた。宛先はセツナ個人名だったので、受け取って封を切る。龍安寺と三年坂で写真を撮ったスペインのお客様からだった。わざわざ写真を送ってくれるなんて律儀な人だね。申し訳ないけれど写真を見るまで忘れていた。私が探している人間じゃなかったからさ。今世では多くの人間と出会い、すれ違う。日々街角ですれ違う観光客の中に、私が探し続ける男を見かけたことはなかった。手紙には[あなたが美しいと言った桜が見てみたい。次の春に日本へ行きます]と書いてあった。返事は書かなかった。
翌年の春、手紙に書いてきた通り、写真の男が再び京都の街へ観光に来た。少しだけ驚いたよ。
「コンニチハ、セトゥナ」
日本語を勉強し始めたと聞いた。遠いスペインで日本語を学んでいる人がいる、日本人としてそれが嬉しいと思った。今回は桜の下で一緒に写真を撮ろうと言われた。セツナ・営業スマイル。
「ニホンニスミタイ」
そう言ってお客様はお帰りになった。そんなにも気に入っていただけるとは、ガイドのし甲斐があるよ。有難い。
さらに驚くことに、その言葉は秋には現実になっていた。京都の大学に留学に来たというじゃないか。よくよく聞けば、正規の学位取得目的のものではなく、短期の語学留学のようなものらしいが、その行動力はたいしたものだと感心した。そんなにも京都を気に入ってくれたんだね。これからは自由に街を歩くといいよ。
察しのいい方ならばもうお気づきかもしれないね。それからさらに3年後、セツナは25歳になり、今はスペインで暮らしている。熱烈なアタックを受けたってやつだ。24歳の終わりに日本に別れを告げて、ここロンダへやってきた。落ち着いたら日本人観光客を相手にガイドでもしようかと考えているところだ。今世の夫はブラウンの瞳を持った、なかなか情熱的な男さ。セツナのために覚えた日本語を忘れないようにと、毎日日本語で話しかけてくる。
「マタイツカ、ニホンヘイコウ。フジヤマイコウ、セトゥナ」
富士山だよ。何度教えてもすぐに間違える――そんなところも愛らしい男なんだ。
お読みいただきありがとうございました。
この話は20世紀末、バブル崩壊直前の日本をイメージした創作です。
次の転生先でお会いできましたら幸いです。(11/1の午前7時に転生予定です)




