第六話 『アワのタヌキ』
注意)実際の伝承に脚色が加えられているので、その点をご了承の上お読みください。
その昔、大木の中に潜む一匹のタヌキを、大勢の人間が炙りだそうとしていた。
そこに通りかかった染物商の男は、
「これをやるから、お止めなさい」
と懐に残っていた全ての銭を彼らに渡した。
商売が上手くいかず今日一日金策に走っていたが、借りる手立ては見つからない。
どうせ店をたたまなければならないのなら、せめて一匹の狸を救って善行を施してやろうと、有り金全部を出したのだ。
それに恩義を感じた一匹の狸の名は、『キンチョウ』。
そっと恩人の後を付いていき、彼の家を探し当てた。
使用人として働いていた番頭が、店を見捨てて闇夜に紛れて逃げる姿を目撃し、キンチョウは、ポンと姿を変化さす。
先程見た番頭と、寸分変わらぬ容姿を手に入れ、次の日から恩人のために働き出すのだ。
商才があるキンチョウは、メキメキと頭角を現し、店を大きくしていく。
また、持って生まれた不思議な治癒の力で怪我を治したり、秀でた武芸で、用心棒のような役割も果たした。
言葉に関しては、他国の言葉も理解し、正に神がかり的な活躍を見せたキンチョウに、流石の恩人も元の番頭との違いに別人だと気付く。
「お前は、誰なのだ?」
「以前救っていただいた、タヌキでございます」
店の守り神となって、染物商を大店へと成長させたキンチョウ。
彼は、更に恩義に報いるべく、霊力を高めるための修行へと旅立つのであった。
「わ~、オタケちゃん、続き、続き!」
オタケが語って聞かせる故郷の話に、仕事終わりに『薬屋たぬき』に立ち寄ったアピスは、手を叩いて喜んだ。
あの幽霊騒動が収束を向かえ、徐々に客足も戻ってきたが、まだまだ多くはない。
今日も、今のところ客は、アピスだけであったため、お茶とお菓子を出して昔話をしていたのだ。
そこで、母から聞いた故郷の伝承を、アピスに披露したのだが、よほど面白かったらしく、次をせがまれている。
「すみません、母も、これ以上はあまり覚えていなかったらしく、その後の話は知らないんです」
「あら、まぁ、残念。でも、面白かったわ」
そろそろ日時は、日をまたごうとしている。
「明日の朝の仕込みもあるから、そろそろ帰るわね」
アピスが店を去ると、オタケは、一人になってしまった。
実は、この話には、続きがある。
修行をつけて貰う為に、ある高名な狸の弟子となった金長は、あまりに優秀すぎる為に婿養子にならないかと誘われる。
しかし、恩人の下へ帰り、更に孝行を尽くしたい彼は、それを断り帰郷すること伝えた。
だが、あまりに力が強大になりすぎた金長が、己の地位を危ういものにするのではないかと思った師匠は、他の弟子に彼の討伐を命じる。
帰路の途中で襲われた金長を助けたのは、彼の一番弟子の大鷹と呼ばれる狸。
彼の活躍で命からがら帰郷に帰りつけた金長だが、大鷹が戦死したと一報を聞き、大声を上げて泣いた。
「信じていたのに、何故なのですか、師匠。あぁ、大鷹よ、お前の無念晴らさずにおくものか」
仇討ち為に立ち上がった金長は、仲間の狸を集めて師匠との大戦に打って出る。
勝利しするものの、彼もまた深手を負い、恩人に別れを告げた後力尽きてしまった。
その恩義に深く感じ入った人々は、彼を大明神として奉り、今も「アワ」では神として信仰を集める存在となっている。
この話は、恩義には報いよ、そして、決して裏切るなと言う教訓の他に、アワの狸が持つ特殊能力は、注意して使わねばならないという教えも含まれている。
それだけ強い力は、また、闇も深くするのだ。
もし、金長が、師匠に脅威を感じさせるほどの力がなければ、ここまで大きな悲劇は生まなかったかもしれない。
身を寄せていた父の故郷でも、母は、自分の能力を見せすぎないように気をつけていた。
薬草で人を治すことはあっても、前に出過ぎず、父の後ろに隠れていたようなところがあった。
オタケは、末娘だが、村長からは早く結婚するようにと会うたびに言われていたのは、この特殊な力を孫に残したかったからだろう。
もし、彼女が子を生めるほど成熟した体を持っていたら、生贄に出される前に何をされていたか分からない。
「オタケ、お前の名前は、金長さまに仕えた『一本松のオタケ』様から頂いたものなのよ。大事にしなさい」
素早い身のこなしで敵陣の諜報活動を行い、『忍者』と呼ばれる隠密行動を特異とした女性。
オタケも、小さな体を駆使し、物陰や高い木の上などに姿を隠し、いじめっ子から身を守ってきた。
アピスにこの話をしなかったのは、悲しいラストを語りたくなかったから。
母も、お店を繁盛させるために大活躍する金長様の逸話ばかりを語って聞かせてくれた。
この世に、自分以外の『アワのタヌキ』がどれほど生息するのか分からないが、もし出会えることがあれば、一緒に茶を飲み時間を忘れて金長様について語り合いたいと思っている。
「オタケ、いるか?」
「あい!」
暖簾をくぐって現れたリンドヴルムは、毎度の如く、大きな袋を携えていた。
「リンドヴルム様、今日もまた、お土産の量が多すぎます」
「これは、預り物だ。オタケのところに行くなら持っていけと言われたんだ。この前お前が治療した少年が居ただろう?あの木から落ちた」
「あぁ、あの子ですか?」
「その母親が、育てているらしい」
中には、沢山の野菜が入っていた。種類も多く、家庭菜園にしては、立派なものばかりだ。
「まぁ、凄い。これは、助かります」
オタケは、袋の中から野菜を取り出すと、それぞれに適した方法で保存するべく種類別に分けていく。
「いつ見ても、手際がいいな」
「そうでしょうか?母の真似なのですが」
「いいお母さんだったんだな」
「…はい、本当に良い母でした」
オタケの頬を、ポロリと零れた涙が濡らした。
拭ってやりたいが、驚いたオタケがタヌキに姿を変えかねない。
「ほら」
リンドヴルムは、こんな時のためだけに、いつも真新しいハンカチを一枚持っている。
差し出すと、オタケは、一生懸命笑い顔を造りながら受け取った。
いつの日か、この子が家族を思い出しても泣かなくなるくらい、幸せになってほしいと願わずにはいられないリンドヴルムだった。




