第五話 王都の幽霊
「また、出たんだってよ」
「今度は、何処だ?」
「川の辺で、子供の泣き声がしたってよ」
近頃、王都で幽霊騒ぎが頻発している。
と言っても、誰も姿を見たわけではない。
ことの始まりは、桶屋の主人が、常連にかけられた言葉だった。
「昨日の夜も、夜更けまで仕事をして大変そうだね。そんなに忙しいのかい?」
世間話の一環として、何気なく口にした言葉だったが、
「いや、俺は、昨日飲みに行っていて、仕事なんかしちゃいねーぜ」
と返事が帰ってきた。
「いやいや、お前の工房から、コトコトコトコト音が聞こえていたぜ」
「止めてくれよ、薄気味悪い。まるで、幽霊でも出たみたいじゃねーか」
この話は、その後、酒の肴として酒場のあちこちで語られるようになる。
それだけだったら、ただの聞き間違いによる笑い話で終っただろう。
それが、また、一週間ほど経つと、酒屋の戸をトントントントン叩く音がしたのに、出てみると誰も居ないという出来事が起こった。
先日の件が、まだ酒場で語られていた最中という事もあり、やっぱり幽霊じゃないかと皆が盛り上がった。
ここで終れば、それすらも、風が戸を揺らしただけの話で理由が説明できただろう。
なのに、ある日、露天の店主が、店じまいに金を数えていると、銅貨の一部が葉っぱに変わったのを見てしまった。
何度も数えなおすと、売った分の金は揃っている。
ただ、窓も開いておらず、テーブルの上に突然現れた葉っぱの説明が出来ない。
あまりにも驚いた店主は、先に起きた二件の怪奇談を耳にしていたこともあり、警邏隊に申し出た。
最初は取り合わなかった警邏隊だが、巡回中に響いた悲鳴に駆けつけると、釣り人が子供の笑い声を聞き、そちらに気を取られている間に釣ったはずに魚が消えていたと腰を抜かしていた。
こう怪奇現象が度重なると、流石に、街の皆も恐ろしくなってきた。
夜、出歩く者は少なくなり、薬屋たぬきの客足も鈍くなる。
「こりゃ、俺が、一肌脱ぐしかないな」
オタケの実入りが少なくなることを心配したリンドヴルムは、頼まれもしないのに、犯人捜しに動き出した。
だが、幽霊話が一人歩きしすぎたせいで人通りの少なくなった夜道をグルグル歩いても、何一つ成果は得られない。
仕方なくオタケの様子でも見に行こうと薬屋たぬきに足を向けたが、
「オタケー、オタケー、居ないのか?オタケー」
何度呼んでも、彼女が出てこなかった。
「まさか、何かあったのか?」
大きくもない茅葺き屋根の家を、無断であちこち覗いたリンドヴルムは、背中に冷や汗が流れるのを感じた。
誰かに攫われたのかと外に飛び出し、鼻から思い切り息を吸う。
竜族特有の鋭敏な五感でオタケの居場所を探れば、微かだが、彼女の放つ甘い香りが遠くから流れてきた。
「待ってろ、オタケ!」
匂いのする方向へ全力疾走し、藪を抜け、川へと出たリンドヴルムが目にしたのは、
「えい……えい……」
可愛い掛け声を出しながら、様々なものに姿を変えるオタケだった。
カエル、ウサギ、狐にリス。
この様子は、極めて異常だ。
獣人は、己の種族には姿を変えられても多種族の姿には姿を変えられない。
「オ、オタケなのか?」
声を掛けると、
「きゃぁ」
驚きに悲鳴をあげ、オタケは、ポンとたぬきの姿へと変わった。
「リ、リンドヴルム様?どうして、ここに?」
「店に行ってもいないから、誰かに攫われたのかと心配して探しにきたんだ」
「まぁ、それは、申し訳ありません」
「そんなことより…今のは…」
「あ…見ていらっしゃったのですね?」
目撃されては仕方ないと、オタケは観念して自分の秘密について話し出した。
「私の一族には、実は、人には言えない秘密の力があるのです」
彼女の母は、東の国の片隅にある『アワ』と呼ばれる地域の出身だったらしい。行商で旅をする途中、愛する人と結婚したことで、彼の故郷へと共に帰り生活を始めた。
しかし、種族は同じ狸だが、「アワ」と言う場所に住む狸は、「キンチョウダヌキ」を祖先に持つ特別な一族だという。
その血を受け継ぐオタケが、最後まで生贄にされなかったのは、村の者達が、彼女が母から受け継いだ特殊な力を失いたくなかったからだ。
「金長様は、助けてくれた人間の恩義に報いるべく、修行を重ね神にまでなられたお方なのです」
恩人の営む染物商に移り住み、守り神となった金長は、商売を大いに繁盛させたり、怪我をしたものを治したりした。
その修行方法は変わっていて、他者を「化かす」ことで霊力が上がるらしい。
その内容は、悪しくとも善良でも構わない。
どのような構造なのか、リンドヴルムには全く理解できないが、
「まさかと思うが、街の幽霊騒ぎも、オタケが起こしたのか?」
と問いただすと、
「はい。申し訳ありません。まさか、このような騒動になるとは思っていなくて。私達は、子供の頃から、修行にまつわる歌を聴いて育つのです。その歌詞をなぞるようにやってみたのですが、今思えば、いけないことでした」
オタケは、身を縮めて恥じ入った。
眠るときに母が子守唄代わりに歌ってくれた懐かしい調べは、一言一句覚えていた。
その通りにするのが、彼女達『アワのたぬき』を祖とする者の始めての「化かし」の手順だったこともあり、深く考えずに行ってしまったが、冷静になれば、やってはいけないことだった。
「そうか。それで、お前の霊力とやらは、上がったのか?」
「はい、このように、他の者に変化できるくらいには」
ポンと煙を立てて、オタケはタヌキの姿から、小さな竜へと姿を変えた。
リンドヴルムの竜体を真似たらしく、可愛い小竜が目をクリクリさせながら彼を見上げている。
褒めて欲しいと全身で訴えているようだが、叱るべきところは、叱らねばなるまい。
「オタケ。人を驚かせるのは、いけない」
「あい」
「皆、怖がって外に出られなくなっている」
「あい」
「お前も、売上げが減って困っているだろう?」
「あい」
「反省したなら、それでいい」
「あい」
がっくりと肩を落として涙目になるオタケに、リンドヴルムのほうがダメージが大きい。
「しかし、見事な変化だ。凄いぞ、オタケ。だから………『人のためになる化かし』は許す!」
「あい!」
褒められたことと許された嬉しさに、ポンと煙を上げて人型に戻ったオタケは、またもや、裸体のままだった。
「オタケ!早く、服を着ろ!」
慌てて背を向けたリンドヴルムの顔は、樽一杯のビールを飲んだ以上に真っ赤に染まっていた。




